ウエストナイル熱の流行予測のための死亡カラス調査

(Vol.26 p 207-209)

はじめに:1999年ニューヨーク市に出現したウエストナイルウイルス(WNV)の流行はいったんは終息するかに見えたものの、その後アラスカ・ハワイを除くアメリカ合衆国全土とカナダの一部、メキシコおよびカリブ海諸国にまで拡大した。アメリカでは200種を超える鳥類で感染が報告され、また多くの哺乳類での感染も報告されている。蚊も43種で感染が認められている。このようにWNVは極めて多種類の動物に感染することから、WNVのサーベイランスは複雑なものになっている。鳥類は流行の中心となっているのみならず、流行を察知するための重要なサーベイランス対象動物とされている。

動物とWNV:哺乳動物ではウマの感受性が高く、2002年には15,000例近くの感染が確認されている。多くは不顕性であるが、感染個体の20%で神経症状を呈し、うち30〜40%程度が死亡する。他の哺乳類もウイルスに感受性を示すものがあるが、多くは発症しない。リス、シマリス、コウモリ、スカンク、イエウサギ、イエネコ、イヌで少数の死亡例が報告されている。アリゲータの死亡も報告されている。鳥類はアメリカでの流行では1999年〜現在まで284種での感染が報告されているが、種によって感受性に大きな差があり、不顕性感染から致死的感染まで幅が広い。臨床症状は一般的には無症状とされているが、沈鬱、食欲不振、衰弱、体重減少などの特異的でない症状が見られる場合もある。運動失調、振戦、転回、不全麻痺などの神経症状を呈するものもある。症状の持続は通常1週間以内(1〜24日)とされている。血液学的所見および生化学的所見に特異的なものは認められていない。ウイルス血症の期間とウイルス価は種によってまちまちである()。血中ウイルス価が105/ml以上の場合に吸血した蚊が感染すると考えられている。

生態系サーベイランス:WNVの感染環は鳥類とアカイエカ・チカイエカなどの蚊で維持されている。ヒトやウマなどは感染蚊の吸血で感染するが、ウイルス血症のレベルが高くならないため、ウイルスの自然界での維持には関与しないと考えられている。即ちヒトやウマは終末宿主(Dead-end host)である。しかしWNVは現時点でわかっているだけでも284種の鳥類に感染し、媒介蚊も43種を数える。しかも他の哺乳類も感受性を示すことから、生態系との関わりが極めて深いウイルスであるといえる。従って、このウイルスの動向を知るためのサーベイランスは、ヒト患者発生のサーベイランスのみにとどまらず、鳥類、哺乳類、蚊での発生動向にまで及ぶ。しかし、実際にサーベイランスを立案・実施するにあたっては目的を明確にし、対象動物を絞る必要がある。はある地域にWNVが侵入した後、どのような事象が観察されるかを示したものであるが、カラスの死亡がヒトやウマでのウエストナイル熱・脳炎の発生に先行することが明らかに見て取れる。従って、WNVの侵入や、その活動をいち早く知る手段として、鳥類特にカラスの死亡調査が有効である。

わが国におけるWNV侵入監視としての死亡カラス調査:ニューヨークにどのようにしてWNVが侵入したかは定かではないが、感染した鳥が合法的あるいは非合法的にアメリカ国内に持ち込まれたことによる可能性が高いと考えられる。また大西洋を越える鳥の渡りのルートが存在することから不顕性感染した渡り鳥が持ち込んだ可能性もある。日本にWNVが侵入するとすれば、アメリカからと中近東などの流行国からの可能性が考えられる。最近ウラジオストクで野鳥でのWNV 感染が確認されたことから、極東ロシアからの侵入も考えられる。主要な侵入媒体としては渡り鳥と輸入鳥(合法・非合法問わず)が考えられる。渡り鳥を介した侵入の場合には侵入防止の有効な手段は存在しないため、いち早く侵入を察知し、有効な対策を講じることが重要になる。何時侵入してくるか不確実性の高い事象であるが故に、費用に関しても考慮する必要がある。

そこで、厚生労働科学研究費の補助により、日本においてもカラスの死亡調査をパイロット的に実施することとした。現在47都道府県、政令都市、検疫所、環境省等の協力で、全国148カ所の公園におけるカラスの死亡調査を実施している。データは毎週インターネットを通じて、このために開設したWebページ上で集計されている。週を追って死亡数の累積が認められるなど、データの推移から感染症の発生が疑われる場合には、ウイルス検出を試みることとしている。2003年から現時点まで、WNVの侵入を疑わせるデータは得られていない。

カラス死亡数調査の問題点:まず第一に挙げられる問題点は、日本のカラス(Corvus )属のカラス(夏場にはハシブトガラス、ハシボソガラス)がアメリカの同属のカラスと同等のウイルス感受性を有するか否かが不明なことである。しかし、カラス(Corvidae )目の他の属の種も高い感受性を示すことから、おそらく日本のカラスも高感受性であろうと推察される。第二は、シベリアから侵入してくるウイルスはアメリカで鳥類に高い致死率を示すものとは異なる株であることである。しかし、シベリアでもハシブトガラスを含む異なる種の鳥類の死亡が確認されていることから、これらのウイルスの侵入の際にも検出できるものと期待される。第三は、日本には抗原的に極めて近縁な日本脳炎ウイルスが存在することである。日本のカラスが既に日本脳炎ウイルスに罹患することにより、WNVに対する交差免疫を獲得していれば検出感度は鈍いものになる可能性がある。

おわりに:ウエストナイル熱の流行予測のための死亡カラス調査について概要を記してきたが、このシステムが確実に本邦へのWNV侵入を察知できるかについては確実ではない。しかし、公衆衛生上の問題解決を図っていくために、このような形で動物の死亡調査を行うことはWNVのみならず、使用が危惧される病原体のほとんどが動物由来感染症の病原体であることからバイオテロリズムの察知にも有効であると考えられる。さらに新興感染症の早期検出などにおいても役立つ可能性があり、システム構築を試みていく価値は高いと考えられる。

国立感染症研究所・獣医科学部 山田章雄

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