感染症法によって指定されていない動物由来感染症

(Vol.26 p 204-204)

愛玩動物は日常的に「人間同様」に取り扱われることが多いためか、病原巣・感染源として認識されることは少なかった。しかし、内科系および外科系の臨床医を対象として行われたアンケート(内田他)からは、愛玩動物からの感染が疑われたり、確定診断された症例が多い実態が浮かび上がってきた。このアンケート調査で愛玩動物由来感染症として診察経験の多かった疾患は、(1)猫ひっかき病、(2)皮膚真菌症(白癬)、(3)オウム病、(4)トキソプラズマ症、(5)サルモネラ症、(6)クリプトコッカス症と回虫症であった。しかし、このうち最も症例数の多い猫ひっかき病のほか、皮膚真菌症やトキソプラズマ症は感染症法による報告・監視の対象ではないため、全国規模での健康被害の実態は把握されていない。

ここでは、イヌやネコをはじめとした愛玩動物が病原巣・感染源となるものの中から、注目すべき疾患について参考文献をもとに取り上げる。

猫ひっかき病Bartonella henselae をおもな起因菌とし、ネコやイヌによる引っ掻き傷や咬傷から菌が侵入する。リンパ節の腫脹や発熱をおもな症状とするが、視力低下や脳症の発症報告もある。アメリカ(ネコ飼育数、国民一人あたり約0.25頭)における本症の年間発生率は0.77〜0.88/100,000人とされる。わが国(約0.07頭)でも症例は散見されるが、全国的な統計はない。国内の飼育ネコの保菌率は地域により0〜20%で、温暖地域で高い傾向がある(丸山)。

皮膚糸状菌症:皮膚糸状菌症はヒト→ヒト感染も多いために、動物由来感染症としての認識度は高くない。しかし、頭部白癬や体部白癬など、動物から直接感染する糸状菌症が多く、重症化してケルスス禿瘡となることもある。起因菌であるMicrosporum canis Trycophyton mentagrofites 等は輸入ペットや野生動物がわが国にもたらしたとされる(佐野)。

トキソプラズマ症:起因原虫Toxoplasma gondii はネコ科動物でのみ有性生殖を行い、排泄されたオーシストにより各種の哺乳類・鳥類へ経口伝播する。わが国ではネコの5〜15%程度が感染歴を有し、1%がオーシストを排出している。ヒトは、食肉による経口伝播もある。わが国の成人の5〜40%が不顕性感染しているとされ、HIV感染などによる免疫低下時に顕性化する可能性がある(渡辺)。

パスツレラ症:起因菌Pasteurella multocida は、健康なイヌの約75%、ネコのほぼ100%の口腔内に常在菌として存在する。イヌやネコによる咬掻傷部位からの菌分離は増加傾向にあり、イヌ咬傷によって引き起こされる感染では本菌が原因の50%を占めるとされるが、わが国での詳細なデータは少ない(荒島他)。

非結核性抗酸菌症:自然界に60種余りが知られている非結核性抗酸菌のうちヒトの感染の代表的な原因菌はMycobacterium avium である。この菌は鳥類のほか、ブタ、ウシ、イヌ、ネコにも感染して結核様病変を形成する。このほかに多い非結核性抗酸菌症として、熱帯魚の飼育水槽からM. marinum などが皮膚に感染して形成する「フィッシュタンク肉芽腫」がある(吉田)。

鼠咬症:2種類の起因菌(Streptobacillus moniliformis Spirillum minus )のうち前者はラット(ドブネズミ、クマネズミ、実験用ラット)の50〜100%が、後者は3〜25%が保菌しているとされる。イヌ、ネコ、輸入齧歯目も保菌動物となる。ヒトは保菌動物による咬掻傷や汚染した飲食物で感染、発症し、わが国では、鼠毒として知られるS. minus 感染が多く、欧米では、S. moniliformis を起因菌とする感染が多い(小泉)。

おわりに:感染症法では輸入規制等の対策が有効な動物由来感染症をおもな監視対象としているため、ここに掲げた愛玩動物をおもな病原巣・感染源とする疾患の全国的な実態の把握は遅れている。しかし、これらの動物とヒトとの接触は今後より緊密になると思われるため、患者の増加に対して注意を払う必要がある。

参考文献
内田幸憲他,神戸市および福岡市医師会会員への動物由来感染症(ズーノージス)に関するアンケート調査,感染症学雑誌 75: 276-282, 2001
丸山総一,猫ひっかき病(動物由来感染症、その診断と対策,神山・山田編), pp190-195,真興交易医書出版, 2003
佐野文子他,皮膚糸状菌症(子どもにうつる動物の病気,神山・高山編), pp240-245,真興交易医書出版, 2005
渡辺直煕,トキソプラズマ症(動物由来感染症、その診断と対策,神山・山田編), pp256-261,真興交易医書出版, 2003
荒島康友他,イヌ咬傷(動物由来感染症、その診断と対策,神山・山田編), pp157-161,真興交易医書出版, 2003
吉田博他,非結核性抗酸菌症(子どもにうつる動物の病気,神山・高山編), pp236-239,真興交易医書出版, 2005
小泉信夫他,鼠咬症(共通感染症ハンドブック,日本獣医師会編), pp150-151,日本獣医師会, 2004

国立感染症研究所・獣医科学部 神山恒夫

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