動物由来感染症予防体制強化の必要性

(Vol.26 p 195-196)

はじめに:世界貿易機関が推し進める自由市場の拡大路線は家畜や穀物だけでなくペットや野生動物の自由な移動や輸出入にも影響している。わが国には世界各地から食品だけでなく種々の動物が輸入されており、これまでにも動物由来感染症の侵入する危険性が指摘されてきた。BSE、O157、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)のように実際に病原体の侵入を受けた例もあるし、狂犬病、ペスト、サル痘や野兎病のように侵入されてもおかしくない例もあった。

動物由来感染症のリスク:動物由来感染症はヒト→ヒト感染と異なり、一層複雑である。感染源として野生動物、家畜、愛玩・伴侶動物、展示動物などがあり、また渡り鳥のように国を越えて自由に移動するものや、輸入動物のように海外から来るものがある。感染経路も直接的な接触、咬傷や経口感染、空気感染あるいは節足動物が媒介するものがある。しかし、わが国は大陸とは海を隔てており、また公衆衛生や検疫・監視機構等が機能している。世界的にみれば狂犬病をはじめ多くの動物由来感染症の制御に成功している数少ない国といえる。従って、動物由来感染症のリスクから考えると輸入動物に由来するものが重要となる。この場合、輸出国における動物由来感染症の発生状況、当該国からわが国に輸入される動物の種類と規模、対象となる動物由来感染症のヒトへの危害度などの因子を考慮しなければならない。今回の感染症法見直しに当たっては輸入動物に由来する動物由来感染症のリスク評価を試みた。

リスク評価:動物別の定性的リスク評価とリスク管理は以下のようになった。

翼手目:狂犬病、リッサウイルス感染症の媒介動物。ヘンドラウイルス、ニパウイルス感染症の自然宿主。輸入量はペット用で年間数百頭に限られるが、これらの疾病は治療法が無く致死性であることから輸入禁止(展示・研究用は除く)。

齧歯目:ペスト、ラッサ熱、ハンタウイルス肺症候群(HPS)、腎症候性出血熱(HFRS)、レプトスピラ症、野兎病、サル痘などの媒介動物。年間100万匹前後が輸入される。野生齧歯目は輸入禁止(展示・研究用は除く)。実験動物やペット用ハムスター等、衛生管理下で繁殖された個体は輸出国の証明書提出により安全を確認。

鳥類:ウエストナイル熱(WNF)、HPAI、オウム病、クリミアコンゴ出血熱(CCHF)等を媒介する。ペット用鳥類は年間20〜30万羽程度輸入。WNF 対策には流行地からの輸入は輸出国で一定期間の係留。HPAI対策は国際動物衛生規約(国際獣疫事務局、OIE)に準拠し、流行地からは輸入禁止。CCHF対策は流行地からの輸入はモニタリングを行う等により安全を確認。

食肉目:狂犬病の主たる媒介動物。輸入規制がないフェレット等食肉類は年間3万頭前後の輸入。OIE規約で狂犬病には国際獣医証明書の取得が可能であることから、食肉類全般について届出制度などを導入し安全の確認を行う。

霊長目:法定検疫が行われているが、結核、赤痢等の安全確認は行われていない。OIE規約では上記疾病に関する国際獣医証明書の取得が可能であること、ペットとしての輸入を認めるべきではないとしていることを踏まえ一層の安全の確保が必要。

ウサギ目:年間7千頭以上輸入され、野兎病の媒介動物。OIE規約で野兎病等に関する国際獣医証明書の取得が可能であることを考慮し、安全の確認を行うべき。

動物由来感染症対策強化:翼手目とヤワゲネズミ科の動物(ラッサ熱の自然宿主、マストミス)は2003(平成15)年11月から輸入禁止。すでに輸入禁止のプレーリードッグ等、および法定検疫対象のサル類は別として、その他の動物に関しては輸入時に届出、証明書の添付、係留などの対応が求められる。さらに侵入動物(航空機の蚊、コンテナ内の鼠属、節足動物)、国内動物に由来する感染症を防止するための法改正がなされた。主な項目は(1)獣医師等の責務(5条)。(2)感染症の類型見直し。動物由来感染症の追加(4類:レプトスピラ症、野兎病、リッサウイルス感染症、ニパウイルス感染症、サル痘、HPAI、E型肝炎)、(3)獣医師の届出義務(13条)。イヌのエキノコックス症、サルの赤痢、トリのWNFを診断した時。(4)動物由来感染症の調査(15条)、積極的疫学調査(35条)。(5)輸入動物の届出(56条)。このように動物由来感染症の原因究明のための調査を行うことが法的に可能となった。また輸入動物届出制は野放しであった野生動物の輸入を事実上禁止するもので、検疫に代わりリスクを回避する有効な措置である[2005(平成17)年9月1日施行]。

輸入動物届出:対象動物は哺乳類、鳥類、および齧歯目の死体。輸入時に主要空港検疫所に届出書と衛生証明書を提出。届出書には(1)動物情報(種類、数量、用途、原産国、由来)、(2)輸送情報(積出国、積出地、搭載機、到着地、到着月日)、(3)輸出者、輸入者情報、(4)その他参考事項を記入。

衛生証明書は(1)齧歯目およびその死体はペスト、狂犬病、サル痘、HFRS、HPS、野兎病、レプトスピラ症に関し1年間施設内で感染がない、出生以来その施設で保管されていた、狂犬病を発症していないことの政府機関発行の証明書。実験動物のマウス・ラット(SPFレベル)は認定施設で発行される証明書を政府機関が追認。(2)すべての陸生哺乳類では狂犬病を発症していないこと。清浄国で出生・捕獲以来6カ月間保管。汚染国では1年間狂犬病の発生のない施設で出生以来、あるいは発送前1年間保管されていたことなどの証明書。ウサギ目ではこの他に野兎病フリーである証明。(3)鳥類はWNF、HPAIを発症していないこと。繁殖鳥類ではWNF、HPAIの清浄国で出生以来あるいは発送前21日間施設で保管されていた。野鳥ではHPAI清浄国の検疫施設で発送前21日間係留されていたことなどの証明。(4)霊長目は結核、赤痢フリーの証明と輸入目的がペット用でないこと(ペット用の輸入禁止は2005年7月省令)。

これからの問題:感染症法は地方自治体が現場で感染症を制御することを基本にしている。今回の見直しで動物由来感染症も届出や対物措置、感染症発生時の積極的疫学調査ができるようになった。従って地方自治体は必要に応じ疫学調査や診断等、適切な行政措置をとる必要がある。そのための人材開発、システム構築、技術標準化、リスクコミュニケーションなどに取り組まなくてはならない。厚生行政が感染症から福祉・介護などに重点を移して久しい。その結果、動物由来感染症に対応できる人材や部署がないケースが多い。今後予算化と体制作りが必要である。また検疫所は輸入動物届出に対応する業務を負うことになる。かつて財務省に貿易税関統計の対象動物を拡大してもらう際にも大変な努力がいった。今回は届出と相手国政府機関の発行した衛生証明書の確認も必要な作業となる。危機管理を含め、検疫所同士の情報交換が肝要である。

おわりに:動物由来感染症対策に関する法は、ほぼ整備されたと言ってよい。しかし、法が整備されるとそれだけで遵守されると考えがちであるが、遵守されるかどうかを科学的に検証する必要がある。またEUでは各国の個別対応だけでなく、国を越えた有機的なリスク管理を行うために、欧州の19カ国をカバーするECDC(European CDC)を立ち上げた。近年、世界を震撼させる動物由来感染症の原因がアジアにあることを考えると、アジアに関しても類似のセンターを組織し、グローバルな観点から動物由来感染症を制御することが、わが国の役割として今後必要となろう。

東京大学大学院農学生命科学研究科 吉川泰弘

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