最近のHIV陽性者におけるクリプトスポリジウム症の動向と治療

(Vol.26 p 174-176)

AIDS指標疾患としてのクリプトスポリジウム

厚生労働省(旧厚生省)のサーベイランスのためのHIV感染症/AIDS診断基準(厚生省エイズ動向委員会、1999)の定義では、HIV陽性患者に1カ月間下痢の症状を認め、クリプトスポリジウムの存在が確認された場合にAIDSを発症すると規定されている。

発生動向(厚生労働省エイズ動向委員会平成16年度エイズ発生動向年報)

2004(平成16)年までのエイズ発生動向年報によると、これまで本邦でHIV感染者にクリプトスポリジウム症が発生したのは、日本国籍12名、外国籍2名の計14名となっている。AIDS発症と診断される全23の指標疾患の発生に対する比率では、日本国籍では0.48%、外国籍では0.25%にすぎず、まれな疾患であると統計上はいえる。

HIV感染者の下痢症

HIV陽性患者の多くはその経過のいずれかの時期において、何らかの原因による下痢症状をきたすことが知られている。HIVに感染した後3年間に、欧米人では30〜95.6%に、途上国では90%以上に下痢が起こると報告されている1)。HIVを専門に扱った教科書には、HIV陽性患者に5日間以上続く下痢を認めた場合には、便潜血・一般培養(カンピロバクター・病原性大腸菌・サルモネラなど)・抗酸菌培養をすべきで、原因検索の必要性が記されている。また便の検鏡も行うべきで、直接検鏡でアメーバ、抗酸菌染色の変法でクリプトスポリジウムとサイクロスポーラ、トリクローム染色でミクロスポリディアを同定すべきであると記されている。それでも原因が確定できない場合には、下部内視鏡検査を施行してサイトメガロウイルス腸炎、非定型抗酸菌腸炎、カポジ肉腫、リンパ腫による下痢でないか検討する必要がある。しかしながら、一般病院の検査室レベルで、上記の染色検鏡検査をルーチンに行うことはなかなか難しい。

CD4が減少するに従い、下痢の頻度が増すことはHIVを知っている臨床医にとっては常識であり2)、CD4が200/μl以下に減少した患者に、抗HIVウイルス療法(Highly Active Anti-Retroviral Therapyの頭文字をとってHAART)を導入すると、それまでに悩んでいた慢性の下痢が治まることも臨床ではよく経験する3)。

下痢の原因を確定診断するのは時に難しいこともあり、ルーチンの検査で同定できない場合などには、当センターでは国立感染症研究所・寄生動物部に協力いただいている。

当センターでの入院症例

現病歴:某年8月20日、突然水様性下痢・腹痛が出現し近医受診し、入院の上点滴加療がなされた。一般便検査などが施行されたが原因は不明のままであったが、症状が軽快したため2週間後に退院した。ところが、その後再度水様性下痢が出現し、次第に回数が増え1日10回以上の下痢が続き、全身倦怠感も増していった。別の医療機関を数箇所受診したが原因は不明のままであり、総合病院に入院の上、腹部超音波・腹部CT検査・上部および下部内視鏡検査で異常が指摘されなかった。2カ月の間に体重減少は10kgになり、HIV が疑われ、抗体検査で陽性が判明し10月16日当センター紹介となった。

入院時現症:体重43.2kg(3年前63kg)、体温37.8℃、腹部所見では、平坦かつ柔軟で腫瘤などは触知せず。肝脾腫なし。蠕動音やや亢進。

検査所見(10/16入院時):

血算)WBC 2,190/μl (neutro 93 %、lympho 2%、mono 5%、eosino 0%)、RBC 399×104/μl、Hb11.3g/dl、Ht 33.7%、MCV 84.5fl、Plt 12.3×104/μl。

生化)TP 6.5g/dl、Alb 3.0g/dl、T-bil 0.7mg/dl、AST 23IU/l、ALT 14IU/l、LDH 176IU/l、ALP 256IU/l、γ-GTP 45IU/l、ChE 155IU/l、CK 59U/l、BUN 8.0mg/dl、Cr 0.66mg/dl、UA 3.4mg/dl、Na 130mEq/l、K 3.7mEq/l、Cl 99mEq/l、Glu 96mg/dl、Ca 8.0mg/dl、T-cho 101mg/dl、TG 144mg/dl、CRP 1.11mg/dl。

尿一般)異常なし。

便)潜血(−)、便培養。

各種培養)血液・便 一般細菌およびMACともに陰性。

HIV 関連検査)CD4 7個/μl、CD8 6個/μl、HIV-RNA定量: 2.8×10E5、β-Dglu 10.7 pg/ml、赤痢アメーバ抗体 100未満、CMV-IgG 陽性、CMV antigenemia 0/0。

胸部X線)異常所見認めず。

クリプトスポリジウム症の診断(感染研・寄生動物部にて確定診断)経過:便検体を感染研・寄生動物部に提出し、微分干渉顕微鏡による検鏡と蛍光抗体法にて便検体からCryptosporidium オーシストが検出され、確定診断に至った。遺伝子型はポリスレオニン領域のシークエンス解析により、Cryptosporidium parvum ヒト型(genotype 1)であった。

クリプトスポリジウム自体への治療は特に行わず、下記のHAARTとニューモシスチス肺炎の発症予防のためにST合剤を2g/日で開始した。11日目に皮疹が出現したためST合剤は中止した。

また、入院後は、当院検査室にて便検査を数回繰り返したが、退院直前にも依然クリプトスポリジウムは検出されていた(表1)。ただし、虫体量としては目算で入院時の1/20に減少を認めた。臨床的にも、水様性下痢は寛徐に軽快していった。退院直前の便の形態は軟便であり、回数は3回/日まで減少した。

HIV/AIDSの経過:10月23日よりサニルブジン(d4T)60mg/ラミブジン(3TC) 300mg/ネルフィナビル(NFV)2,500mgからなるHAARTを開始した。表2のように徐々に効果がみられ、約半年後にCD4は200近くまで上昇し、ウイルスも検出限界未満まで抑えられた。

外来で治療導入した2症例

1)HAART未導入でCD4が179/μlになっていた症例で、某年7月から水様性の頻回の下痢が続いており、診断確定つかず当センターへ紹介となった。クリプトスポリジウムの診断がつき、Azithromycin 600mgとST合剤2gで治療し下痢が軽快傾向となり、その後HAART導入し、1カ月後には完全に軽快した。

2)某年7月頃より頻回の下痢があり、医療施設を数カ所受診したが、原因が分からず、検査センターでHIV抗体検査を行い、陽性が判明して9月に紹介となった。赤痢アメーバとクリプトスポリジウムの合併があり、metronidazoleで赤痢アメーバを治療後、HAART導入して寛解。

HIV感染者に合併するクリプトスポリジウム症の治療

HIVに対するHAARTをまず行う。HAARTは2種類の核酸系逆転写酵素阻害剤と非核酸系逆転写酵素阻害剤、もしくはプロテアーゼ阻害剤を加え、3剤以上の抗HIV作用のある薬剤を組みあわせた多剤併用療法である。HAARTによりCD4が100/μl以上に回復するとクリプトスポリジウムは多くの場合寛解することが知られている4, 5) 。クリプトスポリジウムに対する一般的な治療法、paromomycin、azithromycin等のマクロライドや海外でもちいられるnitazoxanideの有効性も期待されるが、HIVに合併したクリプトスポリジウムでは、免疫能の回復が大きな鍵を握っているので、他の日和見感染症がなくHAART導入による免疫再構築症候群の心配が少ない場合には、HAARTが第一選択となる。

HIV感染者に合併した場合の注意点

クリプトスポリジウムの伝播様式は糞口感染であるため、飲み水の汚染などの感染にも留意することは当然ではあるが、MSM(Men who have sex with men)におけるSTD としての感染であることも忘れてはならない。

謝辞:感染研・寄生動物部の遠藤卓郎先生と八木田健司先生ならびに、研究部の先生方には、日頃より臨床診断に直結した検査を行っていただいており、この場をお借りして御礼申し上げます。

 文 献
1) Webster R, et al., Arch Intern Med 159: 1473-1480, 1999
2) Navin TR, et al., J AIDS Hum Retrovirol 20: 154-159, 1999
3) Bini EJ, et al., Am J Gastroenterol 94: 3553-3559, 1999
4) Miao YM, et al., J AIDS 25:124-129, 2000
5) Carr A, et al., Lancet 351: 256-261, 1998

国立国際医療センターエイズ治療・研究開発センター 菊池 嘉

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