死亡者が確認された高齢者福祉施設における腸管出血性大腸菌O157感染症集団事例−東京都

(Vol.26 p 144-145)

2004年8月5日、特別区内の高齢者福祉施設(養護老人ホーム)から入院患者2名を含む下痢患者が発生しているとの相談が保健所にあり、保健所は食中毒と感染症の両面から調査を開始した。当該施設では7月29日に入所者3名が発症、翌30日にさらに入所者1名と職員1名が発症、8月6日までに、入所者 123名中11名、職員24名中8名が発症していた(図1)。入院患者は5名、他の患者は軽症であったが、8月8日に入院中の男性(初発患者、80歳、基礎疾患あり)が死亡した。この患者は、7月29日下痢を呈し、30日血便、近所の医療機関に受診、31日転院し入院、8月2日意識障害を認め、8日に死亡した。

本集団事例は「入院患者2名の医療機関での便培養検査では食中毒菌陰性」とされていたが、臨床症状から腸管出血性大腸菌(EHEC)による下痢症も考えられた。そのような状況下、当研究室に最初(8月6日)に搬入された患者糞便4検体中2検体から直接培養でEHEC O157 (VT1&2)が検出されたことからEHEC O157集団感染事例の可能性が示唆された。

細菌学的検査の結果、入所者123名中9名(患者4名、非発症者5名)、職員24名中1名(非発症者)およびふきとり検体70検体中3検体の合計13検体からEHEC O157:H7 (VT1&2)が検出された()。EHEC O157が検出されたふきとり検体は、「死亡者(男性)の居室内の流し(4階)」、「女性用風呂場の排水溝(4階)」、「洗濯室の流し(2階)」であった。食品196検体(7月23日〜31日の検食)および調理担当職員の糞便10検体からはEHEC O157は検出されなかった。

死亡した患者の糞便2検体(8月2日と4日に採取された直採便)は、入院していた病院では「食中毒菌陰性(O157の検査については不明)」とされていたが、同一検体を当研究室で再検査した結果、2検体の両方からEHEC O157が検出された。これらの検体は、直接分離培養(CT-SMAC寒天)では、寒天平板上一面にPseudomonas が発育し、O157様集落は認められなかったが、CT-SMAC寒天5枚に再分離を行った結果、EHEC O157がやっと分離できた。一方、増菌培養(CT-TSB)液を塩酸処理した後に分離したCT-SMAC寒天からはEHEC O157がほぼ純培養状に分離された。

また、この患者の血清について抗O157 LPS抗体の検査を行った結果、8月2日採血分は陰性(抗体価20倍以下)、4日、5日、6日分はすべて陽性(抗体価80倍)であった。

13検体から分離されたEHEC O157のパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)パターンを調べた結果、患者3名、非発症者6名とふきとり2検体(「死亡者の居室内の流し」と「洗濯室の流し」)から分離された11菌株は同一(T-0435型)であった。患者A(入所者)および「女性用風呂場の排水溝」から分離された2菌株のPFGEパターンは、それぞれバンド1本が異なるパターン(T-0435b 、T-0435c型)であったが、同一起源と考えられる範囲内のものであった。そのPFGEパターンの一部を図2に示した。一方、検出された13菌株はすべてCP、TC、SM、KM、ABPC、ST、NA、FOM、NFLXの9薬剤に感受性であった。これらの細菌学的検査成績から、本事例は施設内におけるEHEC O157による集団事例であると考えられた。

本事例の疫学的特徴としては、(1)発症期間は7月29日〜8月6日の9日間、(2)発症日は入所者では7月29日〜30日および8月2日以降の2グループに分かれ、職員はその間の7月30日〜8月2日の4日間に発症(図1)、(3)入所者に患者の割合が少ない(123名中11名)こと、(4)入所者の感染者は16名(患者11名、非発症者5名)、(5)感染者の居室は2階4名、3階4名、4階8名でフロアーの東側、北側、西側に分散し、施設全体で偏りがない、等があげられた。

感染者の居室等で施設内に偏りがないことから、入所者と職員が共通に喫食していた給食による食中毒の可能性も示唆されたが、発症した事務担当職員1名は給食を食べていなかった。また、職員は勤務のローテーションが異なっていた。さらに、調理従事者糞便および食品(検食)、調理場のふきとり検体からEHEC 0157は検出されなかったこと等から、給食は原因として否定された。

しかし、職員のうち、発症した3名および非発症の1名は、7月30日と31日に初発患者(死亡者)の便(血便)で汚染されたリネン類や下着の処理等を行っていた。また、そのうち2名は、朝食の配膳等の手伝いもしていた。さらに、入所者のうち、8月2日以降に発症した3名および非発症の2名は、7月29日に初発患者の居室に入り、洗濯等の世話をしていた。これらの調査結果から、初発患者からの二次感染の可能性も示唆された。しかし、7月29日に発症した初発患者3名の感染源は特定できなかった。

さらに、同時期に東京都内で分離されたEHEC O157について、そのPFGEパターンを比較し、同一感染源によるEHEC感染事例が他の地域で発生していたか否かを調べた。その結果、他の区で発生した家族内感染事例(7月18日、19日発症、患者2名)由来株のPFGEパターンが本集団事例のパターンと一致していたことから調査が行われたが、疫学的な接点は見出されなかった。

なお、本事例の疫学調査は、当該特別区保健所によって行われたものである。

東京都健康安全研究センター・微生物部
門間千枝 小西典子 尾畑浩魅 下島優香子 柴田幹良 藤川 浩 矢野一好
甲斐明美 諸角 聖

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る