2004年高病原性鳥インフルエンザ国内流行地で採集されたクロバエ類からのH5N1亜型インフルエンザウイルスの検出と分離

(Vol.26 p 119-121)

1997年に香港で流行した高病原性鳥インフルエンザは、本来鳥類のみが感染するタイプであるとみなされていたH5N1亜型インフルエンザウイルスが、ヒトへも重篤な感染・死亡例を引き起こす可能性があることを初めて示した事例であった(Subbarao et al., 1998; Yuen et al., 1998)。2003年12月〜2004年3月にかけて、山口、大分、京都の国内計4箇所で発生した高病原性鳥インフルエンザは、わが国においては79年ぶりの流行となった(Mase et al., 2005)。京都府丹波町の鳥インフルエンザ発生農場の死亡鶏から分離されたH5N1亜型インフルエンザウイルス(分離株名A/chicken/Kyoto/3/2004)(Mase et al., 2005)の起源は、1996年広東省のガチョウ農場で検出されたH5N1亜型ウイルス(A/goose/Guangdong/1/1996)にさかのぼることができる。このウイルスは近年では2003年中国山東省で流行し(A/chicken/Shantou/4231/2003)、同年12月に韓国で大流行を起こし(A/duck/Korea/ES/2003)、その後日本へ侵入したと考えられている。そこで我々は、大分県九重町と京都府丹波町で冬季に活動するハエ類の採集を行い、それら採集個体からH5N1亜型インフルエンザウイルスの検出と分離を試みた。

ハエ類の採集は、鳥インフルエンザ発生の国内2例目となった大分県九重町で2004年2月24日・25日に、次いで、3例目となった京都府丹波町で同年3月9日〜12日に、発生養鶏場から600〜2,250mに位置する6地点で、いずれも魚肉ベイト(鰯)を用いて行った。丹波町では約19時間半の総採集時間で合計926個体のハエ類が採集され、最も採集数の多かったA地点(養鶏場より東方向に600mの南側斜面に位置する)では3時間で403個体が採集され(1時間当たり134個体)、非常に高いハエ密度が観察された。時間当たりのハエ密度は養鶏場からの距離に反比例する傾向にあり、明らかにその養鶏場がハエ類の主要な生息場所になっていたことを示唆している。

採集されたハエ類の種類は表1に示すように、オオクロバエCalliphora nigribarbis VollenhovenとケブカクロバエAldrichina grahami (Aldrich)が全体の80%を占め、これにオオイエバエMuscina stabulans (Falle'n)を加えると3種類の合計は96%に達した。九重町においてもほぼ同様の比率でオオクロバエとケブカクロバエが採集された。ハエ類は腸管出血性大腸菌O157をはじめ、各種ウイルスや寄生虫の虫卵など、様々な病原体を機械的に伝播することが知られているが、本調査では、ハエ体内に取り込まれたウイルスによる伝播の可能性を評価するために、ハエから摘出した「そ嚢」および「消化管」を対象にウイルス検出と分離を行った。

RT-PCRによりウイルス遺伝子の検出を行った結果、京都府丹波町A地点で採集されたオオクロバエ、ケブカクロバエの各2プール(20個体/1プール)のすべてからH5亜型インフルエンザAウイルスのマトリックスタンパク(M)およびヘマグルチニン(HA)遺伝子断片が検出された。一方、大分県九重町で採集されたオオクロバエ、丹波町A地点のオオイエバエおよびモモグロオオイエバエからはいずれの遺伝子も検出されなかった。得られたすべてのPCR 産物に対して遺伝子解析を行い、HA遺伝子のアミノ酸配列にREERRRKKR_G の開裂部位を認めたことから、本ウイルスが高病原性株であることを確認した。個体別に行ったウイルス検出の結果から、丹波町A地点と養鶏場を挟んで西方向山側に700m上ったB地点で採集されたオオクロバエのそれぞれのウイルス遺伝子陽性率は20%(A地点)と30%(B地点)であった。ケブカクロバエにおいてはA地点で採集された個体の20%がウイルス遺伝子陽性を示した(表2)。また、養鶏場よりA地点と同方向に道路沿いに約 2kmのC地点で採集されたオオクロバエの10%からも本ウイルス遺伝子が検出された。

次いで、180個体のオオクロバエ成虫からRT-PCRにより選別されたウイルス遺伝子陽性個体のそ嚢および消化管ホモジネートを発育鶏卵に接種しウイルス分離を試みた。実験に供した10個体中2個体のハエからインフルエンザウイルスが分離され、その分離株のM、HAおよびノイラミニダーゼ(NA)遺伝子分節の全塩基配列解析から、本ウイルスがH5N1亜型であることが判明した。本ウイルスは京都分離株H5N1亜型ウイルス(A/chicken/Kyoto/3/2004)との間に99.9%以上の高い塩基相同性が認められ、両者は同一ウイルスであると判定された。

まとめ:2004年2〜3月、高病原性鳥インフルエンザが発生した京都府丹波町周辺では、ウイルスの確認が行われた直後から野鳥類に対するウイルス汚染調査が行われ、発生養鶏農場から半径30kmの移動制限区域内で防疫措置期間中にカラスの死亡個体が多数発見された。このうち京都府の7羽、大阪府の2羽からH5N1亜型ウイルスが検出されたものの(A/crow/Kyoto/53/2004およびA/crow/Osaka/102/2004)、その他の野生動物から本ウイルスは検出されていない(Mase et al., 2005)。我々の調査で、クロバエ類からインフルエンザウイルスが検出されたことは国内外でも初めての報告である。本結果は、鳥インフルエンザ流行時にクロバエ類がウイルスを伝播する可能性があることを示唆するものである。

ハエ類が様々な病原体、例えばポリオウイルス、七面鳥のコロナウイルス、腸管出血性大腸菌O157、条虫卵などを機械的に伝播することは報告されている。しかし、これまでの報告は主に夏に活動するイエバエ類による伝播の可能性を示唆するものであったのに対し、京都府丹波町での鳥インフルエンザ流行時期に活動していたハエは、冬季に活動するクロバエ類であった。オオクロバエはハエ類の中では大型種に区分され、動物の死体や排泄物を好んで摂食する。その食餌がウイルスに汚染されていれば、そのウイルスを大量に取り込む可能性は高い。本調査で、オオクロバエのウイルス遺伝子陽性個体がケブカクロバエよりも多いことが示されたが、これは体のサイズ(オオクロバエの体長はケブカクロバエの 1.5倍大きい)、つまり、そ嚢や消化管などに摂取されるウイルス量の差によってもたらされたものと考えられる。

また、オオクロバエは移動能力にも優れ、陸地から400km以上も離れた東シナ海洋上の気象観測船で捕獲された記録もあり、大陸から長距離飛翔してくる個体がいることも示唆されている(Kurahashi, 1991)。取り込まれたウイルスがハエ体内で増殖しないまでも、比較的長時間保有されれば、ウイルスを保有した状態で少なくとも近隣の鶏舎間を行き来し、次の感染源となり得る可能性は高いと思われる。本調査でハエ類の調査を行った京都府丹波町の養鶏場は、国内4例目となる次の発生養鶏場とわずかに 4kmしか離れておらず、実際に、両鶏舎間のほぼ中間地点に位置するC地点でウイルス遺伝子陽性のオオクロバエが採集されている。クロバエによるインフルエンザウイルスの伝播が疑われても不思議ではない。少なくとも、依然として鳥インフルエンザの終息を見ない東南アジア諸国においては、一年を通して様々な種類のハエが多数生息し、養鶏場のみならず、市内民家周辺においても非常に高い密度でハエ類が発生していることは周知である。ハエ類のインフルエンザウイルス伝播に関してわが国以上に注意が必要と思われる。

しかしながら、クロバエ類がどの程度鳥インフルエンザの流行に関与するのか、現時点では明らかになっていないことが多い。したがって、今後はハエ体内でのウイルス保有時間を摂食実験により明らかにするとともに、飛翔距離の推定、特に食餌後の飛翔行動を加味し正確に評価することが必要である。

 文 献
1) Subbarao K et al., Science 279: 393-396, 1998
2) Yuen KY, et al., Lancet 351: 467-471, 1998
3) Mase M et al, Virology 332: 167-176, 2005
4) Kurahashi H, Jpn J Sanit Zool 42: 53-55, 1991

国立感染症研究所
澤邉京子 星野啓太 伊澤晴彦 佐々木年則 林 利彦 津田良夫 倉橋 弘
棚林 清 堀田昭豊 山田章雄 西藤岳彦 小渕正次 田代眞人 小林睦生

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る