エイズワクチン開発研究の進むべき方向

(Vol.26 p 117-119)

エイズワクチン開発の難しさ

1983年にエイズの原因ウイルスである、ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)が発見されて以来、様々なアプローチによる世界中の研究者の多大なる努力にもかかわらず、20年以上経った今日でも、いまだに有効性が証明されたワクチンは出現していない。抗レトロウイルス薬剤併用療法の開発により、エイズは「死の病」ではなくなったが、高価な治療薬が行き届かない発展途上国では、今なお多くの人々が生命の危険にさらされており、安全、有効、安価な予防ワクチン開発が急務である。昨年のシーアイランドサミットにおいて、世界HIV/AIDSワクチン事業(Global HIV/AIDS Vaccine Enterprise)の創立が提唱され、G8の各国がエイズワクチン開発の国際的な協力を具体的な組織として進めて行こうということで合意した1)。各国の研究者がそれぞれ個別に研究を進めていてもワクチン開発は難しいという状況である。

なぜエイズワクチンはできないのだろうか。それは一言で言ってHIV-1の感染と防御免疫誘導のメカニズムがまだ完全には解明されていないからである。ウイルス感染症予防に通常用いられる弱毒生ワクチンを接種すると、サルのエイズモデルでは明らかに有効である2)。しかしHIV-1の場合、そのレトロウイルス特有の高い遺伝子変異性による強毒株出現の危険が伴うため、安全性の観点からこの方法は適用が難しい。そこで、弱毒生ワクチンで誘導される免疫応答を模倣できるような候補ワクチンを作ろうというのが現在の流れになっている。第一世代の中和抗体産生を目指した表面抗原gp120ワクチン(VaxGen)の失敗(2003年)を経て、ワクチン開発の主流は第二世代の細胞性免疫にターゲットを絞った遺伝子組み換えベクターワクチンに移って来た。サルモデルで有効性が報告され、既に臨床試験に進んだ候補ワクチンはあるが(表1)、サルで効果があったからといって、HIV-1感染を防ぐかどうかの判定には、Phase III試験の結果を待たねばならない。Phase IIIまでの試験を遂行するには長い時間と莫大な費用がかかる上、途上国で使用できるように安価に抑えねばならない。それゆえ、製薬企業からすればハードルが高く、開発への障害になっている。

現行のエイズ候補ワクチン

現在の候補ワクチンの多くは、HIV-1特異的細胞性免疫、特にウイルス感染細胞の排除に働くキラーT細胞(CTL)と、その成熟、メモリーの維持に重要な働きを持つヘルパーT細胞の誘導を主眼においた、T細胞ワクチンである。このストラテジーで、本当にエイズワクチン開発は可能なのだろうか。HIV感染制御におけるCTLの重要性は広く受け入れられている。そのCTLをワクチン接種によりプライミングしておき、ウイルスが侵入した際、迅速な二次応答を誘導することで、感染初期に感染細胞を排除する。それにより、体内のウイルス量を減少させ、セットポイントを低く抑えることによって、たとえ感染してもエイズを発症させないというコンセプトである。完全な感染防御が難しいことから出て来た妥協の産物と言えなくもないが、たとえ不完全なワクチンであっても、少しでもHIV-1感染拡大を抑止する効果が期待できるなら、開発を進めるべきであろう。そのためにDNAワクチン、ワクシニアなどのポックスウイルス、アデノウイルス、センダイウイルス、BCGなど様々なベクターが試作され、効果が検討されてきた。それぞれ一長一短があり、現状では単独での実用化は難しいと見られており、これらを組み合わせたプライムブーストワクチンの試行が精力的に進められている。しかし、プライミングに用いられるDNAワクチンやブースト用のワクシニアウイルスの免疫原性の低さ、安全性の問題などが指摘されており、安全でより有効に細胞性免疫を誘導できるベクターの開発が望まれている。

組み換えBCG/組み換えワクシニアDIsワクチン

我々が開発中の組み換えBCG(rBCG)と組み換えワクシニアウイルスDIs(rDIs)のプライムブーストワクチンは、まず安全性という点で他の追随を許さない。BCGは結核の生ワクチンとして世界的に広く用いられており、安全性に定評がある上、生産コストも低く発展途上国への安価な供給も可能である。その細胞壁はアジュバントとして働き、強力かつ持続的な1型ヘルパーT細胞の活性化を起こすため、長期にわたるワクチン効果が期待される。このBCGをプライミングに用いることで、DNAワクチンを用いる他の候補ワクチンとは一線を画している。ブーストに用いる増殖能欠損型ワクシニアウイルスDIsも、1971年に痘瘡ワクチンとしての臨床試験が幼児を対象に行われ、高度な安全性が確認されており、このウイルスをワクチンベクターとして開発した3)。SIV由来gag遺伝子を組み込んだrBCGとrDIsのプライムブーストワクチンは、サルエイズモデルにおいて持続感染期の血中ウイルス量を抑制して、エイズ発症を防げることが判り、安全性に加え有効性も証明された。さらにコドン至適化rBCGの使用により、人に投与可能な量で十分な免疫誘導ができる改良型のワクチンも開発できた4)。東南アジアで流行しているHIV-1 CRF01_AEに対する有効なワクチンの開発を目指して、タイでの臨床試験の準備が進められており、それを推進するための日本側の組織としてNPO法人エイズワクチン開発協会が昨(2004)年2月に設立された(http://www.avda.jp)。

課題と展望

最後に、課題と今後の展望についてまとめてみよう。上述した世界HIV/AIDSワクチン事業におけるワクチンデザイン構築分野での重点項目は、1)実際に伝播したウイルスの性状解析、2)サルモデルでの防御免疫の解明、3)抗体誘導型ワクチンのデザイン、4)T細胞ワクチンのデザイン、の4つである。1)はバリエーションに富んだ変異株の中から、ワクチンの標的とすべき伝播しやすいウイルスを特定しようという試みであり、2)はいまだ解明されていない防御免疫の本質を明らかにしようという基礎研究として継続して行うべきテーマであるが、それらの情報をもとにいかにワクチンとしてデザイン、構築するかの方法論が極めて重要となる。特に3)の中和抗体誘導型ワクチンの開発が鍵になると思われる。現行のベクターワクチンでは産生される中和抗体価は低く、実用レベルとは言い難い。抗体価を上げるために開発されたgp120ワクチンも失敗してしまった今、それを可能にする方法を試行錯誤しながら模索して行かねばならない。感染局所となる粘膜面での有効な免疫誘導も重要である。HIVにたびたび曝露されながら陽転せず、感染抵抗性を示すcommercial sex workerには、粘膜面での分泌型IgA 抗体が検出されるという報告があり、これらの反応を模倣できるようなワクチンの作製が必要となろう。それらが可能になり、T細胞ワクチンとのコンビネーションによる相乗効果を生み出せたとき初めて、優れたエイズワクチンを世に送り出すことができるのではと考える。

文 献
1) Vogel G, Science 304: 1728, 2004
2) Daniel MD, et al., Science 258: 1938-1941, 1992
3) Ishii K, et al., Virology 302: 433-444, 20024) Kanekiyo M, et al., J Virol 79: in press, 2005

国立感染症研究所・エイズ研究センター 松尾和浩

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