チフス菌、パラチフスA菌の薬剤感受性の傾向

(Vol.26 p 89-90)

チフス菌、パラチフスA菌の海外からの輸入事例から薬剤耐性菌が多く分離されている。特に近年では、ナリジクス酸(NA)耐性菌が増加している。NA耐性菌は、1998年までは日本では約10%しか分離されなかったが、1999年より急激に増加し、2004年ではチフス菌分離株の58%、パラチフスA菌では77%までになった(本号2ページ図4参照)。NA耐性菌に感染した患者の渡航先では、インドが最も多く、次いでバングラデシュ、カンボジア、ネパール、中国、ミャンマー、タイと続く。

腸チフス、パラチフスの治療には、ニューキノロン系抗菌薬が第一選択薬として使われている。ところが、NA耐性菌に対しては第一選択薬であるニューキノロン系抗菌薬は、無効であるか効果が弱い。このため、NA耐性菌は、ニューキノロン低感受性菌とも呼ばれている。ニューキノロン低感受性菌はNational Committee for Clinical Laboratory Standard (NCCLS)の現在の基準ではニューキノロン系抗菌薬に耐性ではないが、これらの薬に対するMIC が感受性株の約10倍またはそれ以上である。幸い現時点では、それらは第3世代セフェム系抗菌薬には感受性である。

ニューキノロン低感受性菌による腸チフス、パラチフス患者では、ニューキノロン系抗菌薬による治療には反応しないため、速やかに解熱しない。現在までにニューキノロン系抗菌薬による治療が奏功しなかった腸チフス、パラチフスの症例が多く報告されている1-6)。ニューキノロン系抗菌薬の効果が望めない症例では第3世代セフェム系抗菌薬(セフォタキシム、セフトリアキソンなど)が使用される。

表1に2004年に日本で分離されたチフス菌56株、パラチフスA菌65株を用いて12薬剤の感受性試験を行った結果を示す。2004年には、パラチフスA菌でニューキノロン系抗菌薬の一つであるオフロキサシンに耐性を示す株が3株分離された。MICは3株とも 8μg/ml (NCCLSの基準では8μg/ml以上が耐性)であった。試験した他のニューキノロン系抗菌薬(シプロフロキサシン、ノルフロキサシン、レボフロキサシン)には、耐性を示さず低感受性を示した。これら3株に感染した患者の渡航先は3人ともインドであった。また、ファージ型は、それぞれ2、4、UTであった。一昨年にも、パラチフスA菌保菌者に尿路感染症治療のためニューキノロン系抗菌薬を長期間にわたって投与し、胆嚢内からニューキノロン高度耐性パラチフスA菌が分離されたことがあったが、今回は一昨年のような特殊な状況からの分離ではなく、通常のパラチフス患者からの分離であった7,8)。このことから、すでにインドなどではオフロキサシン耐性パラチフスA菌が拡がっていると考えられる。

腸チフス、パラチフスにおける現在の問題点は、ニューキノロン耐性菌の出現である。現在急速に増加している低感受性菌が耐性菌に変化すると、ニューキノロン系抗菌薬は完全に治療に対して無効となる。2004年にはこのような耐性菌が出現し、わが国において分離された。今後も、ニューキノロン耐性菌が増加することが予想されるため、引き続きチフス菌、パラチフスA菌の薬剤感受性の動向を監視する必要がある。

 文 献
1)今村顕史, 他, 感染症学雑誌 77(10): 921, 2003
2)足立拓也, 他, 感染症学雑誌 75(1): 48-52, 2001
3)Rupali P, et al., Diagn Microbiol Infect Dis 49(1): 1-3, 2004
4)Butt T, et al., Emerg Infect Dis 9(12): 1621-1622, 2003
5)Asna SM, et al., Jpn J Infect Dis 56(1):32-33, 2003
6)Threlfall EJ, et al., Lancet 353(9164): 1590- 1591, 1999
7)足立拓也, 他, 神奈川医学会雑誌 30(2):263, 2003
8)Adachi T, et al., Emerg Infect Dis 11(1): 172-174, 2005

国立感染症研究所・細菌第一部 廣瀬健二 田村和満 渡辺治雄

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