保育施設における水痘ワクチン接種率と水痘の流行状況−堺市

(Vol.25 p 324-326)

日本は、その医学的水準は分野によっては世界の中でも最高水準を保持しているが、ワクチン予防可能疾患(Vaccine preventable disease)に対する予防については、他の先進国と比べて十分にそのワクチンが活用されていない場合がある。なかでも水痘については、そのワクチンは世界に先駆けて日本で開発されたものではあるが、いまだ定期予防接種とはなってはおらず、ワクチン接種率は定期予防接種化されている他の疾患よりは大幅に低く、毎年多数の罹患者が発生しているというのが現状である。今回我々は、堺市において乳幼児の集団生活の場であり、年間を通して水痘の流行がみられる保育施設において、児の水痘ワクチンの接種率と水痘の流行状況について、2002(平成14)年〜2004(平成16)年にかけて調査を行ったので、以下に報告する。

堺市は人口約80万であり、認可保育施設としては、30の公立保育所と62の民間保育施設[2004(平成16)年4月1日現在総児童数3,369および7,697]がある。水痘は毎年流行を繰り返しており、多数の児が罹患している。1年間にわたって水痘罹患者が発生しない保育施設は皆無であるといっても過言ではない。図1は2002(平成14)年度の堺市内の公立保育所での水痘の年間発生数を学年クラスごとにグラフ化したものであるが、発症率は低年齢クラスが高く、0歳〜1歳児クラスでは40%を超えているが、児童総数の関係からは、発症者数は1歳〜3歳児クラスが多く、施設内での水痘流行の中心であることがわかる。また、図2は公立保育所の中でも0歳児から保育を行っている16保育所[2004(平成16)年4月1日現在児童総数 2,058]において、2000(平成12)年度生まれの児の水痘罹患、水痘ワクチン接種の状況を2002(平成14)年4月〜2004(平成16)年4月にかけて調査した結果を表したグラフであるが、これによると年度当初での水痘の推定感受性者(水痘の既往歴がなく、かつ水痘ワクチン未接種である者)の半数近くがその後の1年間に水痘に新たに罹患するものの、翌年には外部から新たな感受性者が供給され、流行を繰り返す要因となっていることがわかる。水痘ワクチン接種者は児の集団の中ではわずかであり、水痘のように空気感染(飛沫核感染)をも感染経路に持つ感染力の極めて強い疾患では、現状では集団防衛の役割を果たしていないと言わざるを得ない。

では、水痘と同様に空気感染し、感染力の強い疾患でありながら、定期予防接種化されていることによって、ワクチン接種率が高いことが期待できる麻疹との比較はどうであろうか。次ページ表1は堺市内の民間の保育施設に対して行った調査結果をまとめたものであるが、水痘ワクチン接種率は全体で13.4%であり、麻疹ワクチンのそれは76.9%であった(同時期に行った公立保育施設に対する調査結果もほぼ同じ値であった)。ここ数年で上昇してきたことはほぼ間違いはないが、保育施設における麻疹ワクチン接種率は、1歳以上に限定しても82.9%であり、決して高いと安心できる値ではない。しかしながら、2000(平成12)年の大阪における麻疹の流行の後では、外部からの感染による麻疹の散発的な発生はあっても、それによって各保育施設内で麻疹が流行することはこれまでなかった。勿論、今後のワクチン接種率の推移や感受性者の蓄積等によっては予断を許さないが、現時点では、麻疹ワクチンは集団防衛の役割を果たし、0歳児を中心とした未接種者をも麻疹から守っていると考えてよいと思われる。一方水痘の場合、ワクチン接種による感受性者の減少が期待できず、0歳児クラスの児を含めた相当数の児が罹患しているにもかかわらず、毎年新鮮な大量の感受性者の供給があるために、水痘ウイルスの保育施設への侵入による施設内での蔓延を阻止できていないと考えられる。もちろん、水痘はそのワクチンが定期接種となっているわけではなく、施策として同疾患に対する蔓延防止の対策がとられているものではない。したがって各保育施設がそれぞれ水痘に対する対策を立てることはほとんど不可能であり、流行は半ば放置されたままであると考えざるを得ない。

これまで述べてきたように、乳幼児が集団生活を送っている保育施設では、水痘は毎年流行を繰り返し、特に低年齢児を中心に多数の児が水痘に罹患するままになっており、現状ではまだその対策は充分ではないと考えられている麻疹と比較しても、その違いは明らかである。麻疹ほど重篤感があり、高率に合併症を生じるというものではないが、児が水痘に罹患した場合、肺炎の他に脳炎、髄膜炎、神経麻痺等の神経系の合併症等が報告されており、罹患者が免疫抑制状態にある場合には、生命に関わるといわれている。また水痘が乳幼児の間で蔓延していることによって、妊婦への感染から先天性水痘症候群の児の出生や新生児水痘発生の危険性は常に存在している。一方、水痘ワクチンは問題となる副反応はほとんどなく、接種後の抗体陽転率は90%以上であるといわれている。水痘がワクチン予防可能疾患であるにもかかわらず、現在の蔓延状況を放置しておいてよいとは決して思われない。今後水痘ワクチンの活用を含めた、水痘の蔓延防止対策を講じていく必要があるということを記して、本稿の結語としたい。

堺市健康福祉局健康部堺市保健所 安井良則 藤井史敏
堺市健康福祉局児童福祉部保育課 飯盛順子

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