破傷風の症例報告−福島県

(Vol.25 p 258-259)

破傷風の病原体診断がなされた症例について、2002年に報告したところであるが(本月報Vol.23, 199-200参照)、今回も前回と同様に、感染症発生動向調査事業における同じ医療機関の協力によって破傷風の病原体診断がなされたので、その概要を報告する。症例報告はその医療機関の主治医からの報告である。

症例:患者は68歳男性。10年来の糖尿病にて投薬中。白内障手術の既往歴有り。2004年1月下旬に左足底に熱傷をおう。その後自分で消毒を行っていた。2004年2月5日より食欲低下、開口構音障害、嚥下障害が出現した。2月6日全身の筋硬直が出現したため、A病院を受診し、破傷風の疑いにて入院となる。2月7日、後弓反張が見られるようになったため、当救命センター紹介となる。

入院時現症:体温37.8℃、血圧134/74mmHg、脈拍数 117回/分、白血球数12,700/μl、破傷風抗体価0.04 IU/ml(MBCに外注)、左足底に壊死を認め、来院直後に全身性けいれん発作有り、気管内挿管した。発症48時間以内にIII期となっており重症型のため、緊急に左下腿切断術、気管内切開術を施行した。破傷風トキソイド投与後、抗破傷風ヒト免疫グロブリン4,500IUを3日間連続投与した。第19病日まで、ドーパミン投与し血圧コントロールを行った。第35病日、人工呼吸器より離脱でき、第82病日、リハビリ目的にA病院へ転院した。

検査の経過:当所に搬入された検体はGAM寒天高層培地に菌株(未同定)を穿刺したものと、GAM寒天高層培地に創部ぬぐい液(膿汁)を穿刺したものであった。

検査は病原体検査マニュアル(地方衛生研究所全国協議会・国立感染症研究所)に従い、増菌培地(クックドミート培地)にそれぞれの検体を接種し、80℃20分間加熱したものと、非加熱のものを35℃で5日間培養した。増菌液のグラム染色を実施したが、太鼓バチ状の桿菌が観察されたのは創部ぬぐい液の非加熱のみで、菌量も非常に少ない状況であったため、PCR試験を用いてそれぞれの増菌培地からの破傷風毒素遺伝子の検出を試みた。その結果、創部ぬぐい液の非加熱処理検体からのみ破傷風毒素遺伝子が検出されたため、本増菌液から菌分離を試みた。

分離培地は変法GAM寒天培地および血液寒天培地を用い、35℃・24時間嫌気培養した。破傷風菌は一般的に遊走性があるために、分離培地上で嫌気培養すると接種部位から離れたところまで到達し、その到達部位の先端では純培養に近い状態で破傷風菌を得ることができる。しかし、今回の菌株は遊走性が弱いためか、あるいは発育増殖した菌数が少ないためか、24時間培養では単離できず、遊走先端部からの継代を繰り返し単離することができた。

同定は簡易キット[RapIDANA II:(株)アムコおよびAPI20A:日本ビオメリュー(株)]を用いたが、今回の菌株は生化学的性状のみでは確定できず(前回の菌株はインドール産生、今回の菌株はインドール非産生)、どちらのキットもグラム染色での芽胞の位置確認が重要な項目となった。また、破傷風菌の病原体診断において、PCR試験を用いた毒素遺伝子の検出は補助的な手段ではあるが、今回の事例においては、PCR試験を実施したことが非常に有意義であった。

破傷風の病原体診断をするためには、感染部位からの破傷風菌の分離と同定、および分離菌の毒素産生の確認が必要であることから、行政検査依頼として培養液中の破傷風毒素の確認試験を国立感染症研究所細菌第2部で実施した。結果は、「患者由来破傷風菌株の培養濾液を注射したマウスは、破傷風毒素特有の神経症状を呈した。また、あらかじめ破傷風抗毒素を注射したマウスは発症しなかった。従って、分離菌は、破傷風毒素を産生することを確認した。」とのことであった。なお、GAM寒天高層培地に菌株(未同定)を穿刺した検体からは、Clostridium sp.が検出されたが、菌種までの同定には至らなかった。

破傷風菌は、通常、熱や乾燥に対し高い抵抗性を示す芽胞の形態で土壌中に常在し、感染患者から分離される菌も有芽胞、耐熱性を示すものが分離される。今回の菌株は芽胞を形成しにくい菌株であり、この菌株は加熱処理により用いた増殖培地での発育・増殖が困難であった。破傷風菌の分離には、遅発育性、易熱性の菌に対する注意が必要である。

破傷風は、神経毒素により特異的な臨床症状を呈するために、菌の分離・同定による病原体診断がなされた症例は稀であり、今回も貴重な症例報告となった。

あらためて、ご協力をいただいた医療機関および関係各位に深謝します。

福島県衛生研究所微生物グループ・細菌
須釜久美子 平澤恭子 熊谷奈々子 長沢正秋
郡山市保健所地域保健課・感染症対策担当
太田西ノ内病院・救命救急センター 宮澤紀子 熊田芳文
太田西ノ内病院・検査科 前田順子 渡辺雅子
国立感染症研究所・細菌第2部 福田 靖 高橋元秀

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