本邦におけるエンテロウイルス感染症の疫学、重症化例の発生動向調査

(Vol.25 p 226-227)

手足口病(hand, foot and mouth disease: HFMD)およびヘルパンギーナはわが国では毎年夏をピークに小児の間で流行するウイルス感染症で、手足口病はコクサッキーウイルスA16 型(CA16)、エンテロウイルス71型(EV71)、コクサッキーウイルスA10 型(CA10)、ヘルパンギーナはコクサッキーAおよび一部コクサッキーBウイルスが主な病因である。マレーシア、大阪、台湾などからの報告により、HFMDの経過中には急死例があること、肺水腫および脳幹脳炎などの中枢神経系合併症が見られること、EV71感染がその原因の一部となっている可能性があること、などが明らかとなった。すべての患者に合併症に関する厳重な警戒を呼びかける必要性はないが、その症状の変化には十分な注意が必要である。

今回我々は、厚生科学研究:新興・再興感染症研究事業(主任研究者:岩崎琢也)「重症エンテロウイルス脳炎の疫学的およびウイルス学的研究ならびに臨床的対策に関する研究」の一貫として、本邦におけるエンテロウイルス感染症の疫学研究を担当することになり、2000〜2002(平成12〜14)年に発生したわが国における手足口病、あるいはヘルパンギーナの経過中に重症化した症例、これらの症状は認められないが、エンテロウイルスが証明できた症例で重症化した症例、原因不明の脳炎・脳症、急性呼吸循環不全により急死した症例について、全国3,043の入院施設を有する小児医療機関を対象にアンケート調査を実施した。重症化例は24時間以上入院した例と定義した。

なお、2000年はヘルパンギーナ、手足口病ともにピーク時の患者発生数は過去10年間で2番目に多かった。2000年の手足口病の原因ウイルスはEV71が主であり、2001、2002年の手足口病の原因ウイルスはCA16が主でありEV71の分離数は少なかった。ちなみに、2002年分は現在解析中であり、本稿では2000〜2001年に発生した重症化例を中心に報告する。

1)アンケートの回収率:全体の回収率は30.3%で、都道府県ごとにほぼ一定の回収率が得られた(図1)。最も回収率が低かったのは青森県で15.4%、最も高かったのは和歌山県で46.2%であった。

2)手足口病の臨床経過中重症化例数:2000年446例、2001年133例で、2000年の重症化例が多く(図2)、EV71が流行した年は重症化例が多くなる傾向が認められた。

3)ヘルパンギーナの臨床経過中重症化例数:2000年は277例、2001年は264例で、ほぼ同数であった(図2)。

4)手足口病、ヘルパンギーナのみられない急性脳炎/脳症、急性呼吸循環不全による死亡例数:2年間で442例であった(図2)。

5)入院となった理由:手足口病、ヘルパンギーナともに脱水が最も多く、それぞれ319人、414人であった。手足口病では次いで無菌性髄膜炎が多く188人、重篤例としては死亡2人、脳炎・脳症7人、小脳失調18人、ミオクローヌス5人、急性弛緩性麻痺3人、心筋炎9人、呼吸循環不全2人、肺水腫/肺出血/ショック2人、熱性痙攣15人、その他42人(重複例あり)であり、重篤な症例が多数発生していることが明らかとなった(図3)。ヘルパンギーナでは入院の理由は手足口病と傾向を異にし、脱水に次いで多いのが熱性痙攣48人、重篤例としては死亡1人、急性弛緩性麻痺2人、無菌性髄膜炎4人、その他70人であった(図4)。

6)「手足口病、ヘルパンギーナを合併していない急性脳炎/脳症」および「急性呼吸循環不全による死亡」症例における原因:不明が66%と極めて多く、エンテロ系ウイルス3.6%、インフルエンザ19%(うちA型と診断されたものは4%)、HHV-6 3%、麻疹2%、その他7%であった(図5)。原因が同定されていた149人中最も多かったのはインフルエンザで、エンテロウイルスはインフルエンザに次いで多かった。

以上のことから、EV71による手足口病が流行した2000年は無菌性髄膜炎の患者報告数も多いが、死亡例を含めた重篤例が予想以上に発生していたことが今回の重症化例を対象にした全国調査より明らかとなった。手足口病、ヘルパンギーナともに脱水での入院が多かったが、手足口病では無菌性髄膜炎、ヘルパンギーナでは熱性痙攣の合併による入院例が多かった。原因が明らかになっていない脳炎/脳症例、原因不明の急死例も予想以上に多く、年間200例近く発生しており、そのうち66%の原因が不明のまま終わっていることは極めて問題である。これらの原因を明らかにしていくことは小児の脳炎/脳症、急死例を考える上で極めて重要であり、今後の大きな課題である。今後は検査体制の確立を含めて検討をしていく必要があると考える。また、全国的な発生動向を正確に把握するためのシステムの確立が必要であると考える。

現在、2002年の調査成績に関しても解析中であり、2000〜2002年の3年間をまとめて日本におけるエンテロウイルス感染症の重症化例の実態を明らかにしたいと考えている。EV71が流行した年は重症化例が多かったことから、EV71による手足口病流行時には重症化例の発生には十分に注意が必要である。今回この研究班で全国アンケート調査を実施し得たことはエンテロウイルス感染症の実態を把握する上で極めて意義のあることであったと考える。アンケートの回収率から考えると、さらに多くの患者が発生していることが推測されるが、現在収集できた結果を元にさらに詳細な解析を加え、全国の小児医療機関に情報を還元する予定である。

文 献
1)岡部信彦, 母子保健情報 45: 40-45, 2002
2)岡部信彦, 脳と発達 32(2): 137-141, 2000

国立感染症研究所・感染症情報センター
多屋馨子 早川丘芳 北本理恵 逸見佳美 新井 智 大山卓昭 岡部信彦
長崎大学熱帯医学研究所 岩崎琢也

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