冬季に認められたアデノウイルス感染症の多発−佐賀県

(Vol.25 p 97-98)

アデノウイルス(Ad)感染症の発生は通常通年性で、特に夏季中心に流行するとされているが、佐賀県唐津市の当院では、2003年の12月〜2004年2月の冬季にAd感染症の多発を経験したので報告する。

発生状況:2003年1月〜2004年2月までの14カ月間に、当院でAd抗原迅速診断キット(チェックAd)で診断した症例の月別患児数を示した()。チェックAdは、咽頭炎(溶連菌感染症およびインフルエンザを除く)または感染巣不明の熱性疾患で、1)体温39℃以上、2)滲出性扁桃炎または結膜炎、3)白血球数増多またはCRP上昇、のいずれかを満たす症例のべ391例に実施し、うち陽性はのべ203例(52%)であった。2003年11月までは例年認められる発生パタ−ン(3月・6月・11月に多い)であったが、2003年12月から症例数が急増し、12月が41例で最も多く、2004年1月35例、2月24例となり、この3カ月間だけで100例(49%)の発生が認められた。またその中で臨床的に咽頭結膜熱と診断した症例の割合は、14カ月全体で45%、12月〜2月の冬季(12月56%、1月49%、2月54%)に限ると53%であった。

PCR検査成績:2004年1月5日〜1月15日の間に当院を受診し、チェックAd陽性であった19例(6カ月〜9歳:男児11例・女児8例)の27検体(咽頭ぬぐい液17、尿9、便2、結膜ぬぐい液1)について、TOYOBO Mag Extracter“genome”キットによりAd遺伝子DNAを抽出して検査に供し、特異的PCRによる型同定を実施した。Ad遺伝子型特異的PCR法は、中和抗原性が遍在するヘキソン、ファイバー蛋白両領域の全塩基配列の中から、(1)サブグループ(A〜Fまで)決定用に設定されたプライマーペア1)、(2)3型すべてのサブタイプの一部塩基配列を増幅するプライマーペア1)、(3)7型すべてのサブタイプの一部塩基配列を増幅するプライマーペア1)、(4)C群(1, 2, 5, 6型)の一部塩基配列を増幅するマルチミックスしたプライマーペア2)、(5)D群(8, 9, 19, 37型)の一部塩基配列を増幅するマルチミックスしたプライマーペア2)を用いて1st PCRだけを行い、プロダクトの有無で判定した。19例は全例第2〜5病日に診断され、臨床病型は咽頭結膜熱11例、咽頭炎8例で、滲出性扁桃炎の症例はなかった。最高体温は1例を除く18例で39℃以上であり、19例中9例(47%)が40℃以上であった。検査成績は、白血球数 8,600〜27,900/μl、CRP 1.1〜7.1mg/dlであった。

に特異的PCRの検査成績を示した。2例を除いた17例からアデノウイルスDNAが検出された。咽頭結膜熱11例中Ad3 7例、Ad3+7 1例、型不明1例が検出され、咽頭炎8例中Ad3 2例、Ad3+7 1例、Ad7 1例が検出された。熱性けいれんを合併し入院を余儀なくされた咽頭炎の症例では咽頭からAd3、尿からAd7が検出された。夜間の著明な精神症状がみられた咽頭炎の症例では最高体温41℃で、尿からAd7が検出された。また下痢がみられた7症例は、いずれも咽頭結膜熱の症例であった。

考察:Ad感染症は1年中発生が認められるが夏季が中心で、その中で臨床的に咽頭結膜熱と診断されるのは通常約30%程度とされている。2003年は、全国的にも咽頭結膜熱が過去10年間で最も多く報告されたが、当院ではインフルエンザが流行した冬季にもAd感染症の発生が目立ち、しかも咽頭結膜熱が約半数を占めたことが注目すべき点であった。

日本ではAd分離株の約3分の1をAd3が占める。Ad7は1995年4月以降から相次いで報告されており、九州では1996年1月からAd7が分離されている。今回、2004年1月の咽頭ぬぐい液17検体からAd3+7 2例、Ad7 1例が検出されたことは、Ad7が特に基礎疾患を有する患児では重症化し、時に致死的となり得ることを考えると、臨床的にも注意すべきことと考えられる。

Ad3はAd7に次いで重症化傾向が強いとされており、今回の検討でも最高体温が40℃以上の症例がAd3陽性例(咽頭)9例中4例、Ad3+7陽性例(同)2例中1例であった。経過中最高体温が1度でも40℃を超えることは、臨床的にAd感染症を疑う重要なポイントであるが、特にAd3とAd7では有用な所見と考えられた。また眼症状はAd3、Ad7ともに頻度が高く、特にAd3では分離例の半数が咽頭結膜熱を呈したと報告されている。本院において今冬のAd感染症に占める咽頭結膜熱の割合が高かったことは、Ad3が原因ウイルスの主体であったことで説明可能と思われた。なお今回はPCRを実施した症例数が限られており、2つの型での臨床像の比較は困難であった。

最近では迅速診断キットの普及により、一般小児科外来でもAd感染症を簡便に診断できるようになり、高熱患児家族への経過予測説明および不安解消に役立ち、抗菌薬の適正使用という面からも大切である。夏季の流行期はもちろんであるが、冬季でも高熱患児(39℃特に40℃以上)を診た場合はAd感染症を常に念頭に置き、咽頭・扁桃所見および眼症状に乏しい場合は積極的に血液検査を施行し、白血球数増多およびCRP 上昇を参考にしながらできるだけ早期に診断することが望まれる。その上で肺炎や中耳炎などの合併症、および重症化に注意して経過観察することが重要と思われる。また、致死的疾患を起こし得るAd7 の流行状況には今後も引き続き警戒が必要である。

文 献
1)向山淳司, 他, 臨床と微生物 26(増刊号):114-125, 1999
2)Adhikary A.K., et al., J. Clin. Path., 56: 120-125, 2003 and 57: 1-7, 2004

医療法人ひまわり 坂本小児科医院 坂本亘司
国立感染症研究所感染症情報センター 向山淳司

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