Vero/hSLAM細胞での麻疹ウイルスの分離

(Vol.25 p 73-74)

麻疹ウイルスは1954年Endersらによって、典型的な麻疹の症状を呈したDavid Edmonstonの血液からヒト腎初代培養細胞を用いてはじめて分離された。このウイルス株はEdmonston株と呼ばれ、この株を原株に効果的で安全な弱毒生麻疹ワクチンが開発され、また麻疹ウイルス研究の標準株として用いられるようになった。その後麻疹患者からのウイルス分離には、Vero細胞(アフリカミドリザル腎細胞由来)が用いられるようになったが、Vero細胞を用いたウイルス分離は効率が悪く、細胞変性効果が出現するまでに数週間を要し、盲継代を必要とした。

国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)麻疹ウイルス部の小船富美夫らは、Epstein-Barr virus(EBV)でトランスフォームしたマーモセット由来のBリンパ芽球細胞であるB95-8とそれに由来するB95a細胞を用いると、麻疹患者から麻疹ウイルスが非常に効率よく、早ければ24時間以内に分離できることを1990年に報告した。さらにB95a細胞で分離されたウイルスは、Vero細胞で分離されたウイルス株と違って、サルへの感染実験でサルに麻疹様の症状を引き起こす病原性を保持した株であることが示された。以来、麻疹患者からの麻疹ウイルスの分離には、B95a細胞が世界中で広く用いられるようになった。

Nanicheらは麻疹ウイルス感染をブロックする単クローン抗体を用いて麻疹ウイルスの細胞レセプターが補体制御因子の一つであるCD46であることを1993年に報告した。しかしCD46は赤血球を除くすべてのヒト細胞に発現されており、B95a細胞で分離した麻疹ウイルス株が一部のリンパ球系細胞株でしか増殖できないことから、CD46以外のレセプターの存在が考えられていた。九州大学の柳雄介らのグループは、2000年に水疱性口内炎ウイルスのシュードタイプウイルスとそれを利用した発現クローニング法により野外株、実験室継代株を問わずすべての麻疹ウイルスの細胞レセプターがsignaling lymphocyte activation molecule (SLAM、別名CD150)であることを明らかにした1)。さらにヒトSLAMを発現させたVero細胞(Vero/hSLAM細胞)を樹立し、麻疹患者の咽頭ぬぐい液中の麻疹ウイルスが、SLAMをレセプターとして利用することを元々CD46を発現しているVero細胞と比較することによって明らかにした2)。このVero/hSLAM細胞は、ヒトSLAMの遺伝子をもったpCAGプラスミドとneo遺伝子というG418耐性の遺伝子をもったpCXN2プラスミドをVero細胞に同時にトランスフェクションし、G418入りの培地で培養を行い、クローニングして得た細胞である。

これまで述べてきたように、B95a細胞は、麻疹ウイルスの分離率を飛躍的に向上させただけでなく、SLAMの発見や病原性の研究にも多大な貢献をした。しかしB95a細胞からはバイオセーフティーレベル2のEBVが放出されていることから、バイオセーフティー上の問題があった。そこで我々は、Vero/hSLAM細胞が、B95a細胞に替わる細胞としてウイルス分離や力価試験、中和試験などに使用できないかを検討した。

Vero/hSLAM細胞は、Vero細胞の増殖培地にG418を加えた培地で培養が可能である。細胞の増殖速度もVero細胞と変わらない。継代を繰り返すことによってSLAMの発現が変化する可能性があるが、抗ヒトSLAM抗体を用いたフローサイトメトリーでの検討で、G418を加えた培地で培養するかぎりその発現は少なくとも100代までは安定していた。

麻疹患者25例の咽頭ぬぐい液(TS)および末梢血単核球(PBMC)よりB95a細胞とVero/hSLAM細胞の2種類の細胞を用いて麻疹ウイルスの分離を試みた()。検体採取の時期や患者の免疫状態などが影響し、麻疹ウイルスが分離できたのは、25例中12例であった。そのうちB95a細胞を用いて分離できた症例は11例、Vero/hSLAM細胞を用いて分離できた症例は10例であった。また細胞変性効果の出現時期は、両者で変わらず、Vero/hSLAM細胞ではより明瞭な細胞変性効果が認められた。以上の結果からVero/hSLAM細胞の野外麻疹ウイルスに対する感受性はB95a細胞とほぼ同等であり、麻疹ウイルスの分離に使用できることが明かとなった。バイオセーフティー上問題となるEBVの排泄がないことからVero/hSLAM細胞はB95a細胞に替わりうる細胞としてWHOからも期待されている。

最後にVero/hSLAM細胞を分与していただいた九州大学大学院医学研究院ウイルス学の柳雄介先生に深謝いたします。

文 献
1) Tatsuo, H. et al., Nature 406: 893-897, 2000
2) Ono N. et al., J. Virol. 75: 4399-4401, 2001

国立感染症研究所ウイルス第3部第3室 斎藤義弘 坂田宏子 佐藤 威 田代眞人

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