検疫法の一部改正

(Vol.25 p 5-6)

1.検疫法改正の背景と趣旨

1879(明治12)年に日本で最初の検疫所が横浜に設置されて以来、検疫所は日本に常在しない病原体によって引き起こされる感染症の国外からの侵入を阻止するために、水際で感染症の監視を行っている。実際、交通機関の発達に伴って、世界の交通網は著しく過密になっており、そのような中で、日本でも多くの人々が国際交流や、地元の空港、海港を海外との接点となる国際空港、国際港とすることを望んできた。その結果、水際で感染症の監視を行う日本の検疫所は、現在107カ所(13検疫所本所、14支所、80出張所)となっている。

WHOの加盟国は、国際保健規則(IHR)に基づいて、感染症の国際的な伝播の防止に努めており、日本においてもIHRに準拠した検疫法に基づいて国際空港、国際港などの水際で、感染症の監視を行っているが、その対象感染症、すなわち検疫感染症は、長い間、IHRで検疫感染症として定められている「黄熱」、「コレラ」および「ペスト」の3疾患であった。しかし、交通機関の発達とともに、感染症を取り巻くさまざまな状況も大きく変わり、それらの変化に対応できるように、1998(平成10)年に検疫法の一部改正が行われた。そして、「エボラ出血熱」、「ラッサ熱」、「マールブルグ病」、「クリミア・コンゴ出血熱」などの1類感染症が検疫感染症として加えられ、これらに対しても検疫所が診察、診断や検査を実施することとなった。しかし、これらの重篤な感染症には長い潜伏期があることから、検疫所の水際の感染症監視だけでは、感染者の発見は難しく、日本の検疫所での感染症監視の限界が指摘されてきた。

このような中で、2002年〜2003年にアジアを中心に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)は、検疫所の感染症監視のあり方を大きく変えるきっかけを作ることになった。すなわち、地球上の一地域で発生した感染症が、短期間にいとも簡単に国境を越えて世界中に感染拡大する現代の感染症事情や、感染して来日した外国人によって国内にSARS感染への不安から混乱が巻き起こされたことなど、来日する年間約500万人の外国人に対する入国時の感染症監視を含め、従来、検疫所が水際で果たしてきた役割、機能などについて検討する必要がでてきた。

実際、「エボラ出血熱」や「ラッサ熱」、「SARS」のような重篤な感染症の多くは動物由来の感染症であり、野生動物との接点で人が感染し、人の社会に持ち込み流行を作っている。それは、これらの感染症が野生動物の多く生息しているアフリカ、中南米、アジアなどの地域から始まっていることからも明らかであるが、その中でも、特に人口密度が高く、人の移動が頻繁なアジアでは、野生動物との接点で発生した感染を容易に拡大させる条件を備えていることは、以前から言われてきた。このような点からも、今後もこのような感染症がアジア発で、世界中に広がる可能性は十分にあり、特にアジアの一員である日本では、このような国際的に感染拡大する感染症に対して、しっかりした対応策の準備が必要となってきた。

さらに、世界の不穏な状況下では、細菌等を使ったテロによって発生する感染症に対しても、感染症対策が必要な時代を迎えている。特に天然痘ではWHOが1980年に根絶宣言をして以来、人々は天然痘のワクチンを実施しておらず、地球上のほとんどの人が免疫を有していない。そのような中で、この天然痘がテロとして使われた場合には、天然痘の感染力の強さや重篤度などを考えると、地球規模での流行は避けられず、深刻な状態が推測され、それに対する準備も必要となっている。

このような世界の感染症動向の中では、検疫所が水際での感染症の監視業務のみならず、入国後に発症した患者に対しても適切な相談・指導を行い、都道府県等と連携を取りながら、医療機関への誘導を行うことによって、感染者の早期発見につながり、国内での感染拡大阻止の役割の一部を検疫所が果たすこととなる。

2.改正後の検疫所の対応

今回、2003年11月5日に施行された感染症法の一部改正により、世界の感染症事情を反映して、1類感染症として「ペスト」、「エボラ出血熱」、「ラッサ熱」、「クリミア・コンゴ出血熱」、「マールブルグ病」に「重症急性呼吸器症候群(病原体がSARSコロナウイルスであるものに限る)」、「痘そう」が加えられた。これにより、「重症急性呼吸器症候群」と「痘そう」も検疫感染症として取り扱うこととなった。

一方、交通機関の発達した現代では、短時間で人々が国境を越えて往来することが可能となり、重篤で感染力が強い感染症までも容易に国境を越えることとなる。このような中で、検疫所は水際での検疫感染症に対する監視体制を強化するだけでなく、潜伏期間内に入国した者の入国後の健康状態を把握することによって、積極的に感染症対策に係わることが必要となった。

そのため、感染症法の一部改正と同時に行われた今回の検疫法の改正では、検疫感染症に罹患しているおそれのある入国者(当面、SARSに感染したおそれのある者のみ)に対し、検疫所は、入国後の連絡先、居場所、旅行日程、さらには、一定期間の健康状態の報告を求めることが可能となった。それによって、入国後の感染症発症を迅速に察知し、適切な対応を取ることで、感染拡大の防止を図ることが容易となる。

また、検疫所が前述の報告を求めた者から、健康状態に異状を呈した旨の報告を受けた場合には、当該者の居住地の都道府県知事等に、当該者に関する情報を通知することが法律の中に明示された。この通知を受けて都道府県等は感染症法に基づき積極的疫学調査等を実施することとなる。つまり、検疫所は都道府県知事と連携して検疫感染症に対応することが法的に決められ、国際感染症に対する日本の感染症対策の体制が整備された。

さらに、動物を介して伝播する感染症で、人から人に直接伝播しないため、隔離および停留の措置を講ずる必要はないが、当該感染者が国内に増えていくと、国内に常在化するおそれがある感染症については、病原体の有無に関する検査が必要な検疫感染症として政令で定めることができるようになった。近年、日本への輸入例の多いマラリア、デング熱が今回政令指定され、検疫所は診察、検査などを実施できることとなった。なお、ウエストナイル熱、腎症候性出血熱、日本脳炎、ハンタウイルス肺症候群に関しては、前回の改正同様、検疫感染症に準ずる感染症とし、これらの病原体を保有して侵入してくる可能性のあるネズミ、蚊の調査を引き続き検疫所が実施することとしている。将来的に、ウエストナイル熱等の患者の輸入例が問題となった場合においても、速やかに政令指定し、検疫対応が可能となる仕組みができあがったと言うことができる。

また、検疫所では従来から、黄熱、ペストおよびコレラの汚染地域から来日する入国者に対し、水際での健康監視として質問票への記入を求めてきたが、その質問票も、新しい検疫感染症に対応できるように変更された(SARSについては別の様式を使用する予定)。さらに、検疫感染症の潜伏期間内にある者等に対して配布している入国後の注意事項等を記載した健康カード「あなたの健康のために」についても内容を一部変更し、入国後における感染者の早期発見のために、本人に対する注意喚起に加えて、受診先医療機関に対しても感染症の流行情報を提供することを明記し、医師の診断を支援することとなった。

仙台検疫所 岩崎惠美子

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