カリシウイルスの命名変更について

(Vol.24 p 311-312)

個々のウイルスの分類学上の位置づけを明確にするためには、ウイルスの分類と命名の基本原則を理解しておく必要がある。個々のウイルスに関する情報発信、情報受信は共通認識の基に行うことが重要であり、それによってはじめて意思疎通を図ることが可能となる。昨今のウイルスの同定は遺伝子の分子系統解析による場合が多く、分類と命名法の原則を理解しておくことが不可欠である。

ウイルスの分類と命名は国際ウイルス命名委員会(International Committee on Taxonomy of Viruses, ICTV http://www.ictvdb.iacr.ac.uk/Ictv/fr-fst-g.htm)が行っている。これまでICTVは3年〜9年間隔でウイルスの分類命名法を変更してきたが、直近のものは1999年8月に提唱された第7次報告である。第6次報告までの経緯と命名に由来する混乱、さらに第7次報告が出てからのわが国におけるカリシウイルスワーキンググループの提言は中込らの総説1)に詳しく述べられている。本稿では、2002年の国際ウイルス学会で承認された命名法の変更点を解説する。これは第8次報告として出版されるはずである。

ICTVによるウイルス命名の順序は上位から「科(family)」、「属(genus)」、「種(species)」、「株(strain)」で、このうちICTVが取り仕切るのは「科」、「属」、「種」までである。第7次報告で初めて「種」を「科」や「属」と同格に扱い、ICTVはウイルス分類における「種」の重要性を前面に押し出してきた。「株名」は発見機関、発見者、あるいは研究者が独自に決めてよいことになっている。「科名」、「属名」、「種名」は、正式に名称として確立したときにはじめて「大文字で始まるイタリック体」で記述する。

さて、カリシウイルス科(Caliciviridae )は前回の第7次報告で4つの属に分類された。すなわち、ベジウイルス(Vesivirus )、ラゴウイルス(Lagovirus )、ノーウォーク様ウイルス("Norwalk-like viruses")、およびサッポロ様ウイルス("Sapporo-like viruses")である。これらのうち人の病気と関連するのはノーウォーク様ウイルスとサッポロ様ウイルスで、ともに急性胃腸炎を起こすウイルスである。これらが、2002年のICTVの提言と、同年パリで開催された第12回国際ウイルス学会での承認を経て、それぞれノロウイルス(Norovirus )とサポウイルス(Sapovirus )に変更になった。ノーウォーク様ウイルス、サッポロ様ウイルスは一時的な命名であったために、英語ではダブルクォーテーションでくくられ、標準体で記載されていたが、今後はそれぞれ「Norovirus 」、「Sapovirus 」のようにイタリック体で記載されることになる。要は、7次から8次への変更で「ノーウォーク様ウイルス」が「ノロウイルス」に、「サッポロ様ウイルス」が「サポウイルス」に名称が変わり、正式属名になったということである。ICTVの命名規約には、「属名に地理的名称を冠してはならない」という項目があるが、それでも「何とかウイルスの分離地を匂わせておきたい」、しかも「4文字の属名」という制約があり、その中でのぎりぎりの選択であったと推測される。

Norovirus 属」の下の「種」はいまのところ「Norwalk virus 」ひとつである。将来、Norovirus 属の中に遺伝学的に、あるいは遺伝子構造上異なるウイルスが発見された場合には新たな種として命名される可能性がある。「種」である「Norwalk virus 」は属名より一足早く第7次報告で正式名称となっていたので、それ以来イタリック体であった。「ノロウイルス」の分類上の順序は「Caliciviridae 科」-「Norovirus 属」-「Norwalk virus 種」-「個々のstrain」となる。「Norovirus 属」(現在は「Norwalk virus 種」といっても同義である)のウイルスはその遺伝子解析からgenogroup Iとgenogroup IIに分類され、各々のgenogroupには20種以上の遺伝学的に異なる株が存在している。genogroupは分類上「Norwalk virus 種」と「個々のstrain株」の間に位置するわけであるが、ICTVが提言する「種」より下位の分類であるから、研究者が独自に命名してもよいことになる。ウイルス遺伝子学的な解析の正しい裏付けがあればgenogroup IIIやgenogroup IVを名乗ることも可能である。「Norovirus 属」同様に、「Sapovirus 属」の下の「種」はいまのところ「Sapporo virus 」ひとつである。よって「サポウイルス」は「Caliciviridae 科」-「Sapovirus 属」-「Sapporo virus 種」-「個々のstrain」の順序になる。

株名は研究者が独自に決めてよいことになっているが、インフルエンザウイルスの命名法に倣い、個々の株は「由来動物種/属名/株名/分離年/分離国」で記載されてきた経緯がある。例えば、Norovirus の標準株であるNorwalk virus 株は「Hu/NV/NV/1968/US」である。Norwalk virus と記載した場合、イタリック体で表示するとはいえ、「種名」としてのNorwalk virus と、「株名」としてのNorwalk virusは門外漢には区別しがたい。したがって、一度このように定義し、しかる後にNorwalk virus/68株(省略形NV/68)のように記載すると間違いをせずにすむ。

「科名」、「属名」、「種名」は、「大文字で始まるイタリック体」で記述する、ということを述べた。しかし、イタリックでの記載が必要なのはあくまで「科名」、「属名」、「種名」として分類学上用いる場合だけであって、一般的に用いる場合はイタリックにする必要はない。例えば「noroviruses」や「sapoviruses」のような表記がしばしば論文では用いられている。

正式な属名となったとはいえ、専門誌ではいまだに「Norwalk-like viruses」や「Norwalk-like virus」の記述が多い。ICTVが公式に決定した以上は正式名称を用いるべきである。専門誌、行政文書を問わず、今後は「Norovirus 」と「Sapovirus 」を用いた円滑な情報交換を期待したい。

 文 献
1)中込 治、他、臨床とウイルス 28、339-347, 2001

国立感染症研究所・ウイルス第二部
武田直和 白土東子 岡 智一郎 片山和彦 宇田川悦子 名取克郎 宮村達男

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp


ホームへ戻る