AH3型インフルエンザウイルスで認められた継代による七面鳥赤血球凝集性の変化
(Vol.24 p 217-218)

赤血球凝集阻止試験(Hemagglutination-Inhibition test; HI試験)はインフルエンザ株サーベイランス活動において、 分離されたウイルスの同定、 抗原性の解析に広く利用されている。HI試験の再現性、 信頼性はHI試験に先立って行われる赤血球凝集試験(Hemagglutination test; HA試験)によるウイルス抗原量の調整に大きく依存している。HI試験では、 ウイルス原液のHA力価に基づき抗原液の力価が4HA/25μlとなるように希釈して、 各検体の抗原量を一定にした後、 抗体と反応させる。このような試験が成り立つためには、 赤血球に対する結合力が株ごとに変化しないことを前提としており、 使用する赤血球の種類は重要な要因となっている。従来インフルエンザウイルスの赤血球凝集試験には、 ニワトリ赤血球(CRBC)が汎用されていたが、 1990年頃を境に、 ヒトから分離されるA型インフルエンザウイルスの一部がCRBCを凝集しなくなったため、 現在では主に七面鳥、 モルモットならびにO型ヒト赤血球が使用されている。さらに最近では、 七面鳥血球(TRBC)に対する反応性の低下した株の存在も報告されている(岡本ら、 IASR Vol.22, No.11, 289, 2001)。本報告では、 2002/03インフルエンザシーズン中の抗原解析で経験したAH3ウイルスのTRBC低反応性株とその凝集性の継代による変化について報告する。

当研究室ではインフルエンザ株サーベイランスの抗原解析のために、 全国の地方衛生研究所や海外の協力研究室から分与された株を最低1代継代して、 抗原解析用のウイルス抗原を作製している。2002/03シーズン中に分与されたAH3ウイルスをMDCK細胞で継代した際に、 細胞変性効果(CPE)は十分認められているにもかかわらず、 培養上清のHA価が低くHI試験が不可能な株が散見された。これらの株の多くは再継代によってHA価が4HA/25μl以上となり、 HI試験に供することが可能となった。しかし、 1代目の継代時からすでにCPEが認められていたことからウイルスが増殖していた可能性があるため、 継代ごとのウイルスについて 0.5%TRBCと0.75%モルモット赤血球(GPRC)の2種の血球を用いてHA試験を行い、 HA価を比較した(表1)。

表1に示すように、 A/Akita(秋田)/14/2003、 A/Anhui/77/2003、 A/秋田/32/2003は継代1代目ではTRBCによるHA価は2倍以下であったが、 GPRCを用いた試験では32倍または16倍のHA価を示した。A/Beijing(北京)/66/2003、 A/Hunan/48/2003、 A/秋田/20/2003も継代1代目ではTRBCに対する反応性は低く、 TRBCとGPRCとの凝集価の差は8倍以上あった。一方、 A/Hebei/81/2003、 A/Tianjin/23/2003は、 TRBCとGPRCとの凝集価の差はほとんど認められなかった。これらの株をMDCK細胞で再継代後、 改めてTRBCとGPRCを用いてHA試験を行った。に示すようにどの株についても継代2代目では、 TRBCとGPRCに対するHA価はほぼ同等となり、 相対的にTRBCに対する反応性が上昇したと考えられる。A/秋田/14/2003、 A/秋田/20/2003、 A/秋田/32/2003の3株について、 1代目と2代目のウイルス感染価を測定したが、 継代による大きな変化は認められなかった。さらにA/秋田/32/2003の感染研での継代1代目と2代目のHA1領域のアミノ酸配列は同一であった。これらのことからA/秋田/14/2003、 A/秋田/20/2003、 A/秋田/32/2003、 A/Beijing/66/2003、 A/Hunan/48/2003、 A/Anhui/77/2003で認められたTRBCに対する血球凝集能の増加は、 ウイルス増殖能の変化や、 HA分子の構造変化に伴うものではないと考えられる。

このようにAH3ウイルス株の一部で継代歴が少ない時にTRBCに対する反応性が低く、 継代によってTRBCに対する反応性が上昇するという現象が認められた。この現象の原因は現在のところ不明であるが、 サーベイランス活動に少なくとも2つの大きな影響を与えることが考えられる。一つは、 分離初期のウイルスをTRBCを使ってスクリーニングした場合、 ウイルス分離に成功してもTRBCに対する反応性が低いために見落とす可能性があること。二つめは、 血球間でのHA価が大きく異なると、 HI試験の際に使用する抗原量を一定にすることが困難になり、 使用血球によってはHI試験の精度が損なわれるという問題が生じる。よって、 インフルエンザ株サーベイランス活動において使用する赤血球をTRBCからGPRCに変更するのが適切であると考える。このために、 AH1およびB型インフルエンザウイルスに関しても同様の検討を行うとともに、 HA、 HI試験に0.75%モルモット血球を使うプロトコールの作成を検討している。

国立感染症研究所・ウイルス第3部
西藤岳彦 斎藤利憲 中矢陽子 伊東玲子 小田切孝人 田代眞人

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