赤痢菌同定の問題点−東京都

(Vol.24 p 211-212)

最近経験した赤痢菌の誤同定あるいは同定困難事例について紹介し、 問題点について考えてみたい。

事例1:都内の某病院細菌検査室は、 ある患者(海外渡航歴なし)から検出した菌をShigella flexneri (B群赤痢菌)と同定し、 担当医師は患者にその旨を伝えていた。その後、 菌株が当研究センター腸内細菌研究室に搬入された。その菌株の性状は、 TSI寒天で微量のガス産生性を示し、 LIM培地でわずかに運動性も認められた。その他の鑑別性状においても、 酢酸塩(+)、 粘液酸(+)であり、 B群診断用血清に対する凝集も非常に弱いものであった。また、 PCR法でも、 invE ipaH ともに陰性で、 大腸菌であった。

本菌を赤痢菌と同定した検査室に問い合わせてみると、 赤痢菌の同定は以下のような手順で行われていた。赤痢菌が疑われる集落から、 直接、 自動同定機器および簡易キット2種類で調べた結果、 いずれの場合でも赤痢菌と同定された。凝集反応を行うと、 B多価血清、 型血清IV、 群血清(3)4のいずれにも凝集したため、 B群赤痢菌と同定した。赤痢菌の検出は初めてだったので、 多くのキットを使い、 かなり慎重に行ったとのことであった。しかし、 菌の同定に、 TSI寒天やLIM培地は使わず、 分離寒天平板上の集落から直接同定機器やキットで調べていた。

菌の同定に際し、 最初にTSI寒天やLIM培地を使っていれば、 ガス産生性や運動性も非常に弱いが陽性という典型的な赤痢菌の性状とはやや異なることに気がついたのではないかと思われた。しかし、 私共で簡易キット4種類を使って調べてみた結果、 3種類のキットで赤痢菌と同定された。簡易キットの多くは、 その同定に運動性の項目がないため、 誤同定の一因となっていると考えられた。

事例2:都内の某病院細菌検査室は、 ある患者から検出した菌をS. boydii (C群赤痢菌)と同定したため、 担当医から保健所に届け出がなされた。患者は海外渡航歴がないため、 喫食調査等が開始されるとともに、 分離菌株が当センターに搬入された。当所で検査した結果、 本菌株も事例1と同様に、 TSI 寒天で微量のガス産生性を示し、 LIM培地でわずかに運動性も認められた。また、 酢酸塩(+)、 粘液酸(+)、 B多価血清(+++)およびC多価血清(+++)と複数の多価血清に凝集を示した。PCR法でもinvE ipaH ともに陰性で、 大腸菌であった。私共で簡易キット4種類を使って調べてみた結果、 やはり3種類のキットで赤痢菌と同定された。

これら2事例の分離株は、 いずれも以下の点で共通していた。

1)ガス産生性が非常に弱いが陽性、 運動性もわずかであるが認められた。
2)自動同定機器や簡易同定キットで、 赤痢菌と同定された。
3)赤痢菌診断用血清による凝集反応では、 非常に弱い陽性反応を示す、 あるいは複数の多価血清に凝集するものであった。

事例3:都内のある登録検査所でソンネ赤痢菌と同定された菌株が搬入された。当所で調べてみると、 Morganella morganii であった。本菌株は、 TSI寒天の斜面部がMorganella に見られる程黒変しておらず、 TSI寒天およびLIM培地で通常の赤痢菌とほぼ同様の性状を示した。また、 ソンネ赤痢菌を同定するD多価血清にも明瞭な凝集が認められたために、 ソンネ赤痢菌と同定されていた。しかし、 D多価血清と凝集反応を行っただけで、 I相およびII相の抗血清での確認はされていなかった。当所で試験した結果、 それら抗血清のいずれにも凝集しないことが確認された。

問題点

1)菌の同定に際し、 TSI寒天やLIM培地を使わず、 分離寒天平板上の集落から直接、 自動同定機器や簡易同定キットで調べていた。これらの自動キットは、 同定率100%ではなく、 特に異常性状株の場合には同定できないこともある。また、 多くのキットが赤痢菌を同定するのに重要なガス産生性や運動性試験を確認性状の対象としていないので、 同定できないこともあるのではないかと推定された。

2)菌同定の基本操作を行わず、 自動同定機器や簡易同定キットに依存する傾向が強まっている。

3)自動同定機器や簡易同定キットに依存した検査の場合、 分離寒天平板上に出現した集落のうち、 1集落のみを検査し、 複数の集落を検査することはほとんどない。

4)赤痢菌同定の経験がなく、 本物の赤痢菌を見たことがない。また、 病院の検査室で、 細菌検査の外部精度管理を受けているところはそれほど多くはないようである。

5)診断用血清の特徴を把握していない。

6)十分な経験と検証なしに、 自己流にアレンジして同定を行っている。

7)これらの背景には、 細菌検査は保険点数が低く、 多くの検査を実施すればそれだけ赤字になるという、 検査室の悩みもあった。

東京都では、 海外渡航歴のない人から赤痢菌が検出された場合には、 食品媒介感染症を疑い、 その分離菌株が当研究センターに搬入されるとともに、 喫食調査が行われ、 関連食品の検査が行われるようになった。そのために、 このような一面が明らかになったという事情もあるが、 これらの問題点は至急解決しなければならない課題である。

東京都健康安全研究センター・微生物部
甲斐明美 河村真保 横山敬子 高橋正樹

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp


ホームへ戻る