赤痢菌の同定に関する問題事例−沖縄県

(Vol.24 p 208-209)

2003(平成15)年2月4日、 医療機関より1名の細菌性赤痢患者( 103歳・女性)の届け出があった。患者は1月中旬頃に下痢症状が2日間続き、 1月28日に医療機関を受診後、 老健施設内の個室にて療養。1月30日にA検査センターに検便を依頼し、 その後2月4日Shigella sonnei が検出されたことから、 同日、 感染症法に基づき担当医から所轄保健所へ2類感染症(細菌性赤痢)の届け出がなされた。

届け出のあった2月4日に、 所轄保健所は感染症発生動向調査事業実施要綱に基づき、 老健施設内有症者の5名を含む、 入所者、 職員30名の検便調査と、 施設内の消毒指導、 喫食状況調査および食品・環境調査を実施した。

当所での検査:2月5日、 A検査センターから提出された菌株を入手し、 当所にて赤痢菌の確認試験を開始した。

2月6日、 SSおよびDHL寒天培地で再分離したコロニーは、 無色〜桃色、 1〜2mmの赤痢様集落であり、 生化学的性状試験としてTSI、 LIM、 オキシダーゼ、 同定キット アピ20Eを実施した。

2月7日、 TSI/LIM、 オキシダーゼの反応はS. sonnei の性状を示し、 赤痢菌診断用免疫血清では生菌でD多価およびS. sonnei II相に特異的凝集が認められた。しかしながら、 アピ20E の結果ではコード 1004512で同定不能であり、 オルニチンおよびソルビトール性状が一致しなかった()。そのため、 赤痢菌およびEIEC保有遺伝子のinvE ipaH の試験を実施したが、 両遺伝子は検出されなかった。その後、 所轄保健所検査室へその旨を連絡し、 保健所に保管されている同一菌株による再試験の依頼と、 琉球大学へ他の赤痢菌のPCR(KL-1/KL-2、 ipaIII/ipaIV、 ial1/1al2)の検査を依頼した。また、 当所では同定のため、 CLIG培地とアピ50CHEにて追加試験を実施した。

2月8日、 アピ50CHEの結果はEscherichia coli 2(ID 98.9%、 T=0.88)であり、 保健所検査室で実施したバイオテスト1号は赤痢菌と一致せず、 琉球大学の赤痢菌関連遺伝子の検査は「すべて陰性」であったため、 週明けの2月10日、 所轄保健所に対し「赤痢菌陰性」の報告をした。

A検査センターでの対応:1月30日の検査では、 自動同定機器(デイド社;ウォーカウェイ)による結果はS. sonnei で、 腸内細菌用手法での生化学的性状(TSI、 LIM、 オキシダーゼ、 IPA、 SC、 VP、 LDH、 ORN)では赤痢様反応を示した。また、 同定キット(BD社;BBLクリスタルE/NF)の結果では、 S. sonnei E. coli いずれかの可能性が示され、 免疫血清学的検査でS. sonnei のII相に特異的な凝集が認められたことから、 総合判定によりS. sonnei と同定した。

その後、 県からの「赤痢陰性」報告で、 2月10日に再検査が行われ、 上記同様の試験では再度S. sonnei に一致したが、 腸内細菌同定キット(日水IDテスト、 EB-20:コード 0001033)でE. coli inactiveであった。これらの結果より、 「赤痢菌陰性」の最終報告を医療機関に対して結果回答した。その結果を受け、 2月12日、 医療機関担当医師は、 2類感染症「細菌性赤痢」の報告を取り下げた。

今後の対応:このような状況を踏まえ、 2月24日にA検査センター、 所轄保健所、 本庁健康増進課および当所の参加による調整会議により、 再発防止のため以下の手順による取り決めがなされた。疑似症を含む2類感染症等の起因菌が疑われる場合は、 依頼元(担当医)への第1報を入れると同時に、 速やかな再検査、 さらに高度な検査を他検査機関へ依頼して最終判定を行うこととする。例外として、 公衆衛生上緊急を要する場合、 検査センターは、 依頼元担当医に情報を提供し、 その医師は感染症発生動向調査実施要領の別記様式2を所轄保健所に提出して、 当所にて精査を行うことになった。

分類学的に赤痢菌は大腸菌と非常に近縁であり、 同定の際、 組織侵入性大腸菌(EIEC)との鑑別を含め難しい点も多く、 経済的、 時間的理由、 あるいは使用している同定キットの特性等により同定を誤ることもある。S. sonnei と大腸菌の鑑別には、 インドール、 運動性、 グルコース・ガス、 オルニチン、 ソルビトール、 キシロース、 酢酸塩、 粘液酸の生化学的性状に加え、 ipaH 遺伝子の検出が重要であり、 今回の事例に関しては、 同定キットを用いた場合でも、 コード検索に加え、 キットを構成する個々の生化学的性状も参照し、 判断すること、 大腸菌との鑑別試験を個別に実施すること、 血清凝集試験の結果は生化学的性状が赤痢菌に一致した場合のみ採用すること、 が重要であった。

今後の再発防止のため「赤痢菌に関する迅速・簡便な同定のための最小定義」の統一も必要と思われる。

沖縄県衛生環境研究所  久高 潤 中村正治 糸数清正 平良勝也 安里龍二
沖縄県中部保健所 安富祖忠章
沖縄県北部保健所 比嘉政昭
沖縄県中央保健所 上原真理子
琉球大学病原因子解析学 トーマ・クラウディア

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