大阪市内の知的障害者施設で発生した赤痢アメーバの集団感染

(Vol.24 p 84-85)

1996(平成8)年の2月と6月に、 大阪市内の2つの知的障害者施設(A、 B)において赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica )の感染者が確認され、 施設内での本症の感染実態を把握するために、 施設を利用する他の障害者とその家族および施設の職員について糞便検査と抗体検査を実施した。両事件の発端は、 施設Aでは1995(平成7)年の12月に、 敗血症で死亡した障害者の剖検により肝膿瘍からE. histolytica が見出され、 施設Bでは下痢症状を呈する障害者からE. histolytica が検出されたことによる。

糞便検査は、 投薬治療後の感染者の陰性確認と新たな感染者の有無を確認するために、 ほぼ1カ月ごとに5回実施した。施設Aでは障害者79名、 職員30名および調査期間中にE. histolytica の感染が確認された障害者の家族19名について、 また施設Bでは障害者69名、 ショートステイ14名、 職員41名および赤痢アメーバの感染が確認された障害者の家族34名について実施した。抗体検査は前述した両施設の障害者と職員について実施し、 障害者については初回検査の2カ月(施設A)または6カ月(施設B)後に再検査を実施した。なお、 糞便検査と抗体検査は、 ホルマリン・エーテル法および抗E. histolytica 抗体測定用間接赤血球凝集反応キット(E. histolytica HA)を用いて各々実施した。糞便検査でE. histolytica の嚢子(シスト)が検出されているにもかかわらず、 抗体検査で陰性を示した感染者については、 各分離株をPCR法1)によるE. dispar との鑑別診断に供した。

施設Aでは、 障害者79名中13名(16%)からE. histolytica のシストが検出された。抗体検査ではシストの見出された13名中12名と、 糞便検査で陰性の3名が陽性を示した(19%:15/79)(表1)。また、 施設Aの職員は両検査とも陰性で、 障害者の家族からもシストは検出されなかった。一方、 施設Bでは感染者が多数認められた。すなわち、 障害者69名中29名(42%)からE. histolytica のシストが検出され、 抗体検査でもシストの見出された29名中18名と糞便検査で陰性の8名が陽性を示した(38%:26/69)(表1)。また、 ショートステイでも、 14名中1名からシストが検出された。一方、 障害者の家族はすべて陰性だったが、 職員では41名中2名が糞便検査または抗体検査で陽性を示した。両施設において、 糞便検査が陽性で抗体検査は陰性を示した障害者12名からの株(施設A:1株、 施設B:11株)は、 PCR法によりすべてE. histolytica と同定された。両施設におけるE. histolytica の感染率(抗体検査の成績を含む)には著明な差が認められ、 施設Aの20%(16/79)に対し、 施設Bでは54%(37/69)であった。この原因としては、 施設Bの障害者は施設Aの障害者に比べて年齢層が若く(施設A:19〜59歳・平均31歳、 施設B:3〜29歳・平均19歳)、 また、 障害の程度が重いとともに、 便いじりなどの癖を有する障害者が多かったことで、 施設内で容易に伝播したものと推測された。また両施設における感染率は、 国内の同様の施設での調査結果に比べて比較的高いことが判明したが、 その原因として糞便検査を複数回実施したことが考えられた。すなわち、 両施設ともに2回目以降の検査で新たな感染者が確認された(表2)。

E. histolytica のシストが検出された感染者に対しては、 メトロニダゾールによる投薬治療がなされた。施設Aの13名中9名は、 服用後の2〜4回の検査でもシストは全く検出されなかったが、 他の3名は服用後の翌月または翌々月の検査でシストが認められた。しかし、 この3名にフロ酸ジロキサニドの投薬が試みられた結果、 その後の2回の検査でもシストは検出されなかった。残る1名はメトロニダゾールおよびフロ酸ジロキサニドの服用後でもシストを繰り返し排出していたが、 職員による経過観察により、 この障害者は故意に薬を服用していなかったことが判明した。このためフロ酸ジロキサニドを確実に服用した後の翌月と翌々月に検査を行ったところ、 シストは全く検出されなかった。施設Bでは、 メトロニダゾールの投薬治療によりシストの検出された障害者29名、 職員とショートステイの各1名は、 服用後の2〜4回の検査においてシストは全く検出されなかった。一方、 2回目の抗体検査では、 1回目に陽性の両施設の障害者において抗体価の上昇は認められず、 また新たな抗体陽性者は確認されなかった。以上の治療結果と、 新たな感染者が継続的な糞便検査と抗体検査により認められなかったことから、 両施設におけるE. histolytica の集団感染事件は終息したと判断された。

今回の調査において、 施設Aで確認された感染者15名中1名は、 過去に施設Bで生活していた障害者であった。また施設Bにおいては、 1名のショートステイに感染を認めたことから、 E. histolytica に感染した障害者の施設間の移動により、 施設間でE. histolytica の伝播が起こっている可能性が推測された。近年、 E. histolytica は遺伝的に多様であることが、 PCR法を用いた遺伝子型別法により明らかにされた2)。こうした手法による分離株の遺伝子解析は、 赤痢アメーバ症の感染源の特定と感染経路の解明に有効な手段になるものと思われる。

文 献
1) Sanuki J., et al., Parasitol. Res. 83: 96-98, 1997
2) Haghighi A., et al., J. Clin. Microbiol. 40: 4081-4090, 2002

大阪市立環境科学研究所・微生物保健課 阿部仁一郎 春木孝佑

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