インフルエンザ脳炎・脳症

(Vol.23 p 310-311)

インフルエンザと脳炎・脳症にはそれほど明らかな関係はみられていなかったが、 1990年前半頃よりわが国においてインフルエンザ流行中に脳炎・脳症の発生報告がみられるようになった。そして1998年、 1999年にはインフルエンザの急激な増加と急性脳炎・脳症の増加の一致が感染症サーベイランスの上からも明瞭に見られるようになった(本月報Vol.19、 No.12 & Vol.20、 No.12参照)。

そのような背景の中「インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学および病態に関する研究班(インフルエンザ脳症研究班)」(班長:森島恒雄名古屋大学医学部教授)が発足し、 厚生労働省ではこれについて研究費の助成を行いその実態に関する調査をすすめている。

これまでは、 厚生労働省結核感染症課が各都道府県に依頼を行いアンケートを実施、 研究班がこれをまとめる形で、 1999年1月1日〜3月31日に217例、 同じく2000年109例、 2001年63例を該当例としている。2002年はこの調査を結核感染症課から研究班に依頼の形として、 118例の報告を受けた。さらに研究班では、 入院施設を有しかつ小児科を標榜する全国約3,300の医療機関に直接アンケート行い、 118例の他に109例の報告を得て合計227例を2002年の調査数としている(2002年11月集計)。

これまでのところ、 欧米などではインフルエンザシーズン中の脳炎・脳症の多発はないとされる。日本だけの現象か、 そうであるならばその原因は何か、 あるいは欧米では何か気づかれていないか別の疾患として取り扱われているのかなどについては、 調査中であり、 海外との情報の交換を行っている。2002/03シーズンにおいては、 香港、 韓国などとの共同調査を行う予定である。

これまでのまとめによれば、 患者の年齢分布は5歳以下、 1〜2歳に集中し、 0歳での発症は比較的少ない。インフルエンザ発症(発熱)から神経症状発現までの日数は、 当日または翌日に集中している。2002年調査では患者年齢分布は2歳にピークがあり、 1、 3歳がその前後に位置するが、 0歳は学童と同程度の低さであり、 インフルエンザ脳症は幼児に多い疾患であるといえる。

神経症状として多いものは、 痙攣(91%)、 嘔吐(25%)、 異常行動(19%)、 見当識障害(13%)などであり、 インフルエンザ脳症親の会のアンケートでも幻視・幻覚・異常興奮などの「意味不明の言動」などがしばしば出現することが指摘されている。

予後は、 調査開始当時致死率約30%、 重度後遺症9%、 軽度後遺症17%、 完治43%であったが、 2002年の調査では致死率15%、 重度後遺症8.5%、 軽度後遺症13%、 完治50%と改善傾向にある。疾病の存在に関する知識の普及、 重症例の治療の進歩、 解熱剤使用の制限などがその要因としてあげられるが、 明らかな予防法、 効果的な治療法については現在検討中である。

本症はAソ連型(H1N1)、 A香港型(H3N2)、 B型いずれにも見られるが、 割合としてはA/H3N2型によるものが多い。しかし、 いったん発病すると重症度に差は見られない。2002年調査では 227例中AH1型(11例)、 AH3型(32例)、 亜型不明A型(抗原検出キットで診断された)(127例)、 B型(20例)であった。

本症の病態についてはいまだ不明であるが、 高サイトカイン血症と血管内皮細胞の障害が指摘されている。病理学的に脳浮腫は著明であるが炎症細胞の浸潤は目立たず、 ウイルス抗原は脳内では検出されないところより、 本症はインフルエンザ脳炎というよりも脳症であるとする考え方の方が強い。

一般的検査では、 AST、 ALT、 LDHなどの逸脱酵素やCr・CKの上昇が特徴的であり、 また、 予後も悪い。血小板の減少も、 予後不良の兆候であり、 5万/μl以下ではほとんどの例が死亡している。

本症に対する有効な治療法は、 まだ確立されていない。いわゆるサイトカインストームに対するステロイドパルス療法、 グロブリン大量療法、 血漿交換、 脳低体温療法、 ATIII療法など、 多施設共同による検討が始められている。これらのプロトコールは、 本症研究班のメンバーの一員である横浜市大小児科横田教授らのところで入手が可能である。

抗インフルエンザ剤の有効性あるいは重症化予防への効果、 インフルエンザワクチンの本症発症予防効果などについては、 引き続き調査が行われている。

本症研究班では、 これまでにジクロフェナクナトリウムおよびメフェナム酸が、 本症の予後悪化に関与する可能性を指摘、 厚労省および小児科学会において、 それぞれ対策がとられた。2001(平成13)年5月30日、 厚生労働省薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会で15歳未満の小児において、 インフルエンザ罹患中におけるメフェナム酸の使用を原則禁忌とし、 ジクロフェナクナトリウムのウイルス感染症における投与を原則禁忌とすることが決定された(本月報Vol.22、 No.12参照)。インフルエンザ流行中の解熱剤については、 比較的安全といわれているアセトアミノフェンなどを必要最小限の使用にとどめることが良い、 といえる。

基礎疾患のない日常は元気であった幼児に見られることの多い本症は、 研究班に報告のあったもので年間約100〜200例が発症し、 無治療では30%が死亡、 約25%が何らかの後遺症を残す極めて重篤な疾患である。報告のなされていないものを含めれば約500例が発症していると予想される。インフルエンザの治療・診断が飛躍的に進んでいる中、 本症の解明、 有効な予防法・治療法の確立が強く求められている。

国立感染症研究所・感染症情報センター 岡部信彦

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