2001/02シーズンのインフルエンザウイルス流行株の解析

(Vol.23 p 279-287)

ウイルス分離状況から見た2001/02シーズンのインフルエンザの流行の特徴は、 1)ウイルス分離のピークはA型が第5〜6週目、 B型が第10〜11週目と、 流行の開始時期が例年なみであったこと、 2)分離株総数は昨シーズンの約1.6倍で1999/2000シーズンとほぼ同じであったこと、 3)ウイルス別の分離比はA/H1N1(ソ連型):A/H3N2(香港型):B型が2:2:1で、 昨シーズンに引き続き3種類のウイルスの混合流行であったこと、 4)A/H1N1とA/H3N2の遺伝子再集合体で世界的に広がりつつある新ウイルスH1N2がわが国でも分離されたこと、 5)ここ数シーズン国内外のB型ウイルスの流行の主流を占めていた山形系統ウイルスに代わり、 今シーズンはVictoria系統ウイルスが主流であったことなどがあげられる。

I.ウイルス抗原解析

全国の地方衛生研究所(地研)で分離されたウイルス株は、 感染症研究所(感染研)からシーズン前に配布された抗原解析用抗体キット[A/New Caledonia/20/99(A/NC/99, H1N1)、 A/Moscow/13/98(H1N1)、 A/Panama/2007/99(A/PA/99, H3N2)、 B/Johannesburg/5/99(山形系統)、 B/Akita(秋田)/7/2001(Victoria系統)に対するフェレット感染血清]を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験で、 各地研において型別同定および抗原解析が行われた(図1)。感染研ではこれらの成績をもとにして、 HI価の違いの比率が正確に反映されるように選択した分離株(分離総数の約5%に相当する)について、 A/H1N1ウイルスには4種類、 A/H3N2ウイルスには7種類、 B型には10種類のフェレット参照抗血清を用いてさらに詳細な抗原解析を行った。

1)A/H1N1(ソ連型)およびH1N2ウイルス

2001/02シーズンのH1N1型分離株の93%はワクチン株に採用されているA/NC/99に抗原性が類似しており(図1)、 感染研での解析においても96%はこの類似株であった(表1)。このことから、 今シーズンも1999/2000シーズン以来続いているA/NC/99類似株が流行の主流であったことがわかった。しかし、 参照抗血清すべてに対して低い反応しか示さない変異株や、 赤血球凝集素(HA)蛋白の140番目のアミノ酸の変化(K140E)によってA/NC/99からHI価で8倍変化した変異株A/Fukuoka-C(福岡市)/86/2000に類似した株も少数ながら分離された。

一方、 A/H1N1ウイルスにはA/NC/99とは抗原的にも遺伝的にも別系統に入るA/Bayern/7/95やA/Moscow/13/98で代表されるBayern系統[参照株;A/Yokohama(横浜)/24/2000、 表1]があるが、 これに入る株はここ2シーズンは分離されていない。

今シーズンになって、 A/H3N2ウイルスのHA遺伝子がA/H1N1ウイルスのそれで置き換わった遺伝子再集合体H1N2が欧米諸国を中心に流行し(WHO WER 77, 77-80, 2002および本月報Vol.23, No.5, p.14外国情報参照)、 徐々に世界各地に広がる傾向が見られた(図2)。このウイルスはわが国でも2月に横浜で起こった集団発生例から2株分離され(本月報Vol.23, No.8, p.6-7参照)、 わが国にも波及していたことが確認された。このウイルスのHAの抗原性は現行のワクチン株A/NC/99と類似しており(表1)、 またノイラミニダーゼ(NA)蛋白もH3N2型ワクチン株A/PA/99と抗原性が類似している(WHO WER 77, 77-80, 2002および本月報Vol.23, No.5, p.14外国情報参照)。従って、 もしこのまま流行が広がったとしても、 当面は現行のワクチンで対応可能であると考えられる。

2)A/H3N2(香港型)ウイルス

全国で分離された株の97%は2000/01シーズンから採用されているワクチン株A/PA/99類似株であった(図1)。感染研での詳細な抗原解析においても同様の成績が得られ(表2)、 A/H3N2ウイルスの主流行株の抗原性はここ数シーズンは大きく変化していないことが示された。しかし、 諸外国においては変異株の占める割合が少しずつ増加する傾向が見られていることから(WHO WER 77, 344-348, 2002)、 少数ながら分離されている変異株(表2)の動向にも注視する必要がある。

3)B型ウイルス

B型インフルエンザウイルスには、 B/Yamagata(山形)/16/88で代表される山形系統とB/Victoria/2/87で代表されるVictoria系統がある。B型ウイルスはここ数シーズンは山形系統に入るウイルスが流行の主流を占めてきたが、 今シーズンはVictoria系統のB/Hong Kong(香港)/330/2001やB/Shandong(山東)/7/97類似株が主流であった(図1)。感染研における詳細な抗原解析においては、 この系統に入るMDCK細胞分離株の多くは孵化鶏卵で増殖させたウイルスを抗原として作製したフェレット抗血清(抗B/Shandong/7/97抗血清や抗B/Hong Kong/330/2001抗血清)に対して低いHI価しか示さなかった(表3)。一方、 孵化鶏卵で分離した流行株はこれら抗血清には高いHI価を示した(表3、 Eを添付した分離株)。同一患者検体をMDCK細胞と孵化鶏卵に接種し、 それぞれから分離されたウイルスについて前述のフェレット抗血清を用いてHI試験を行うと、 やはり孵化鶏卵分離株は高い反応性を示し、 MDCK細胞分離株は低い反応性を示した。この違いはHA蛋白の197番目のアミノ酸残基の宿主に依存した糖鎖の付加に関係することがわかっている。従って、 MDCK細胞を用いて分離された流行株については、 標準株からの抗原性のズレの程度や流行株間での抗原性の多様性などは特定できなかった。このことから、 今後はVictoria系統の分離株の抗原解析にはMDCK細胞分離株を抗原として作製した抗血清が必要であり、 現在検討中である。

欧米諸国においてはVictoria系統に属するB型ウイルスは1991年以降は分離されていなかったが、 昨シーズンにハワイで初めて分離されたのを皮切りに、 今シーズンは世界各地で分離されB型の主流を占めた。さらに、 最近分離されているB/Hong Kong/330/2001類似株のNA遺伝子は、 山形系統の代表株であるB/Sichuan(四川)/379/99類似株から由来していることがわかり、 B型ウイルスでは山形系統とVictoria系統のウイルス間で遺伝子交雑が起こっていることが明らかになった(WHO WER 77, 344-348, 2002)。

一方、 今シーズンは山形系統に入るウイルスの分離数は少なく、 分離された株の多くはワクチン株のB/Johannesburg/5/99とは抗原性が大きく変化していた(図1表4)。従って、 これらB型ウイルスの性状解析から、 2002/03シーズンのB型ワクチン株にはVictoria系統で1999/2000シーズンのワクチン株として採用された実績のあるB/Shandong/7/97が選定された(本月報 Vol.23, No.10, p.8-9)。

II. ウイルスHA遺伝子の解析

1)A/H1N1およびH1N2ウイルス

ウイルスHA遺伝子の系統樹解析から、 A/H1N1ウイルスはA/Akita(秋田)/25/2002(矢印)で代表される第1グループとワクチン株A/NC/99を含む第2グループに分けられる(図3)。今シーズンの分離株の多くは第1グループに属しており、 この中には参照抗血清に低い反応をする変異株(Low reactor)も含まれていた。一方、 第2グループはさらに、 昨シーズンの分離株を多く含む群と、 国内外のH1N2株を含む群に分けられた。国内で分離された2株のH1N2ウイルス[A/Yokohama(横浜)/22/2002、 A/Yokohama(横浜)/47/2002]は、 外国のH1N2株と同じ分枝を形成することや、 過去の分離株や今シーズンの主流行株とは系統樹上では区別できることから、 これらは海外で流行しているH1N2と類似している可能性が考えられる。今後、 さらに詳細な遺伝子解析によって、 これらが海外から移入された株であるのか検討する必要がある。

2)A/H3N2ウイルス

A/H3N2ウイルスのHA遺伝子の系統樹は1998/99、 1999/2000シーズンのワクチン株であるA/Sydney/5/97と2000/01シーズン以降のワクチン株であるA/PA/99では分枝した異なったグループを形成している(図4)。このグループはさらにA/Hong Kong(香港)/1550/2002(矢印)で代表されるグループとA/Chile/5109/2001(矢印)で代表される2つに分けられるが、 今シーズンの分離株および変異株は両者に属していた。しかし、 これら2群の間では抗原的な差は認められていない。

3)B型ウイルス

B型ウイルスは系統樹上からも前述したようにVictoria系統と山形系統に大別される。今シーズン流行の主流を占めたVictoria系統のウイルスは、 1999/2000、 2002/03シーズンのワクチン株であるB/Shandong/7/97に近縁なグループとWHOが推奨しているワクチン株B/Hong Kong/330/2001(矢印)で代表されるグループに分かれる(図5)。これら2グループ間には抗原的な差は認められないが、 前者のグループには主に海外で分離された株が多く含まれ、 後者には国内分離株の大部分が含まれていた。また、 昨シーズン少数ながら分離されたVictoria系統株も後者に入ることから、 今シーズンの流行株は遺伝的には昨シーズンからの延長上にあると考えられた。

今シーズンは流行が小さかった山形系統株はB/Harbin(ハルビン)/7/94とB/Beijing(北京)/184/93のそれぞれから分枝した2グループに分かれ、 2001/02シーズンのワクチン株B/Johannesburg/5/99は後者のグループに入る(図6)。今シーズンの分離株は両方のグループに含まれるが、 前者のグループに入る株の多くは昨シーズンの代表株でB/Johannesburg/5/99からはHI価で4倍変化したB/Hiroshima(広島)/23/2001(矢印)と抗原性が類似していた(表4)。一方、 後者のグループに入る今シーズンの分離株はB/Johannesburg/5/99とは別の分枝を形成しており、 やはりHI試験による抗原性の違いをよく反映していた。今後どの分枝に入る株が増えてくるのか注視したい。

本研究は「厚生労働省感染症発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国74地研から送付されたウイルス株について、 感染研ウイルス第3部第1室(インフルエンザウイルス室)・西藤岳彦、 斉藤利憲、 伊東玲子、 中矢陽子、 板村繁之、 渡辺真治、 今井正樹、 二宮 愛、 金子睦子、 小田切孝人らにより行われた。また、 本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり、 残りの成績は既にWWW-WISHで各地研に還元された。また、 本稿は上記研究事業の遂行にあたり、 地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。

国立感染症研究所・ウイルス第3部第1室
WHOインフルエンザ協力センター

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