平成14年度(2002/03シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過

(Vol.23 p 252-253)

わが国におけるインフルエンザワクチン製造株の決定過程は、 厚生労働省健康局の依頼に応じて国立感染症研究所(感染研)が検討し、 これに基づいて厚生労働省が決定・通達している。感染研では、 全国74カ所の地方衛生研究所と感染研、 厚生労働省結核感染症課を結ぶ感染症発生動向調査事業により得られた流行状況、 および1万株に及ぶ分離ウイルスについての抗原性や遺伝子解析の成績、 感染症流行予測事業による住民の抗体保有状況調査の成績などに基づいて、 前年度の11〜12月に次年度シーズンの予備的流行予測を行い、 これに対するいくつかのワクチン候補株を選択する。さらにこれらについて、 発育鶏卵での増殖効率、 抗原的安定性、 免疫原性、 エーテル処理効果などのワクチン製造株としての適格性を検討する。一方、 年が明けた1月下旬から数回にわたり所内外のインフルエンザ専門家を中心とする検討委員会が開催され、 上記の前シーズンの成績、 およびその年のインフルエンザシーズンにおける最新の成績を検討して、 次シーズンの流行予測を行う。さらにWHO により2月中旬に出される北半球次シーズンに対するワクチン推奨株とその選定過程、 その他の外国における諸情報を総合的に検討して、 3月下旬〜4月上旬に次シーズンのワクチン株を選定する。感染研はこれを厚生労働省健康局長に報告し、 それに基づいて厚生労働省医薬局長が決定して5〜6月に公布している。

平成14年度(2002/03シーズン)に向けたインフルエンザワクチン株は、
  A/ニューカレドニア/20/99(H1N1)
  A/パナマ/2007/99(H3N2)
  B/山東/7/97
であり、 以下にその選定経過を述べる。

1.A/ニューカレドニア/20/99(H1N1)

2001/02シーズンのインフルエンザの流行は、 国内外とも中規模であった。

わが国では、 A/H1N1型(ソ連型)ウイルスは1999/2000、 2000/01、 2001/02の3シーズン連続して流行しており、 2001/02シーズンはA/H3N2型(香港型)とともに流行の主流であった。流行ウイルス株の抗原解析および遺伝子塩基配列の解析の結果、 2001/02シーズンのワクチン株であるA/ニューカレドニア/20/99類似のウイルスが主流を占め、 抗原変異株は5%未満と非常に少なく、 また大きな抗原変異株は検出されなかった。

海外においてもほぼ同様の傾向であり、 特別な抗原変異株の出現は報告されていない。しかし欧米諸国では、 A/H1N2型ウイルスが分離されて、 拡大の傾向を見せている(その後、 同じウイルスがわが国でも2株確認された。本月報Vol.23、 No.8、 p.6-7参照)。このウイルスの赤血球凝集素(HA)抗原・遺伝子とノイラミニダーゼ(NA)抗原・遺伝子は、 ワクチン株であるA/ニューカレドニア/20/99(H1N1)のH1およびA/パナマ/2007/99(H3N2)のN2にそれぞれ類似しており、 両ウイルスの遺伝子再集合体である。従って、 2002/03シーズンについては、 両株を含む現行ワクチンで対応可能であると判断され、 WHOでは北半球2002/03シーズンのワクチン株として、 昨年に引き続きA/ニューカレドニア/20/99類似株を推奨している。

一方、 A/ニューカレドニア/20/99株を含む2001/02シーズン用ワクチンの接種者における血清抗体応答は、 ワクチン株のみならず、 抗原的にHI試験で4倍程度変異したウイルス株に対しても高い交叉反応を示した。感染症流行予測事業による抗体保有状況調査においては、 A/ニューカレドニア/20/99に対する抗体保有率・抗体価が全年齢層で低いことから、 この株に対する免疫増強の必要性が示唆された。また、 A/ニューカレドニア/20/99は3シーズンにわたってワクチン株として用いられており、 製造効率・有効性において実績がある。

以上から、 2002/03シーズンのH1N1型ワクチン株として、 昨年と同様にA/ニューカレドニア/20/99を選定した。

2.A/パナマ/2007/99(H3N2)

わが国ではA/H3N2型(香港型)ウイルスは、 3シーズン連続してA/H1N1型ウイルスと混合流行を繰り返している。国内分離株の大部分は、 WHO ワクチン推奨株であるA/モスクワ/10/99様ウイルス(わが国を含むほとんどの国では、 抗原的に類似するA/パナマ/2007/99株をワクチン株として使用)であった。

諸外国ではA/H3N2型がインフルエンザ流行の主流を占めたが、 分離ウイルスの多くはA/モスクワ/10/99様であり、 大きく抗原変異したウイルスはほとんど検出されていない。従って、 WHOでは北半球2002/03シーズンのH3N2型ワクチン株として、 昨年と同じくA/モスクワ/10/99様ウイルスを推奨した。

ワクチン製造株としては発育鶏卵での増殖効率が重要な条件となるが、 A/モスクワ/10/99株自身は増殖性が低いのでワクチン製造には不適である。一方、 この株と抗原的にほぼ同一であるA/パナマ/2007/99株はワクチン製造に適しているので、 わが国および諸外国ではA/モスクワ/10/99様ウイルスとしてA/H3N2型ワクチン製造株に採用されている。

各年齢層における抗体保有状況調査の結果から、 A/パナマ/2007/99株に対して5〜19歳の若年層では比較的高い抗体保有率が見られるが、 高齢者を含むそれ以外の年齢層での抗体保有率と抗体価が低いことが示された。また、 2001/02シーズン用のA/パナマ/2007/99を含むワクチンの接種者における血清抗体応答調査からは、 ワクチン株および1997年以降のシドニー型流行株、 さらに中国における最近の抗原変異株A/福建/140/2000に対しても比較的高い交叉反応が認められた。さらに、 A/パナマ/2007/99株は、 これまで3シーズン用のワクチン株としての実績がある。

以上から、 2002/03シーズンのH3N2型ワクチン株として、 昨年と同様にA/パナマ/2007/99を選定した。

3.B/山東/7/97

国内における2001/02シーズンにおいては、 B型インフルエンザはA/H1N1型およびA/H3N2型とともに混合流行を起こした。2000/01シーズンに比べてB型の流行は小さく、 全体の10%程度であったが、 シーズン終了後にも引き続き各地から散発的な小流行とウイルス分離が報告されている。B型インフルエンザウイルスは、 1980年代後半から抗原的にも遺伝子的にも区別される2つの系統に分流している。その一つはB/山形/16/88株に代表される山形系統で、 90年代初めから2000/01シーズンまではこれがB型流行の主流であった。2001/02シーズン当初はこの系統のウイルスが過半数を占めていたが、 その過半数はワクチン株であるB/ヨハネスブルク/5/99とは抗原性が4倍以上変異しているものであった。一方、 シーズンのピーク時期以降からのB型分離株は、 B/ビクトリア/2/87株を代表とするビクトリア系統に属するB/香港/330/2001類似株が主流となり、 最終的にはB型全体の90%を占めた。

海外においては、 ビクトリア系統のウイルスの流行は1991年以降は東アジア地域のみに限局していたが、 2000/01シーズンの後期にB/香港/330/2001類似株がハワイで流行したのを皮切りに、 2001/02シーズンには日本、 東南アジア、 インド、 中近東、 ヨーロッパ、 米国、 カナダなどへも急激に拡大している(その後、 南半球の流行シーズンにおいても、 各地で分離されており、 B型全体の6割を占めてきている)。多くの国においては、 若年層を中心にビクトリア系統のウイルスに対する免疫を持たないことが推定されるので、 2002/03シーズンにはこの系統のウイルスが大きな流行をもたらすことが予想された。一方、 山形系統の流行は10年以上続いているので、 多くの人がある程度の免疫を保持していることが推察される。そこで、 WHOでは北半球2002/03シーズン用のB型ワクチン株にB/香港/330/2001類似株を推奨した。

わが国での各年齢層別の抗体保有状況調査の結果からも、 多くの人が山形系統のウイルスに対しては、 抗体価は低いながらもある程度の免疫を保持しており、 2002/03シーズンに山形系統の変異株が流行しても、 それほど大きな健康被害は生じないであろうと判断された。一方、 ビクトリア系統のウイルスについては、 全年齢層のほとんどすべての人が抗体を持たないため、 国内外でこの系統のウイルス伝播が拡大している傾向と合わせて、 2002/03シーズンにはB/香港/330/2001類似株による大きな流行が懸念された。従って、 B型ワクチンとしてはビクトリア系統のウイルス株を選択することが妥当であると判断された。

しかし、 B/香港/330/2001株自身は発育鶏卵での増殖性が低く、 また卵に馴化させると抗原性が大きく変化してしまい、 ワクチン製造には不適当であった。一方、 わが国において1999/2000シーズン用のB型ワクチン株として採用された実績を持つB/山東/7/97株が、 この株と抗原性がほぼ同一であり、 発育鶏卵での増殖性も比較的良好あることが示された。そこで、 2002/03シーズンのB型ワクチン株として、 B/山東/7/97株を選定した。

国立感染症研究所ウイルス第3部
WHOインフルエンザ協力センター 田代眞人

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