The Topic of This Month Vol.23 No.9(No.271)

コレラ 2002年8月現在

(Vol.23 p 219-220)

コレラの典型的症状は、 激しい水様性下痢と脱水症状である(IDWR 2000年第1週号参照)。現在、 WHOの報告基準では、 コレラ毒素(CT)産生性のVibrio cholerae O1およびO139によるものと定義されており、 日本も同じ定義を用いている。WHOに届けられている患者数は、 開発途上国を中心として年間数十万人である。1961年からV. cholerae O1 El Torによる第7次世界流行が始まり、 1991年にはそれまで流行を起こしていなかった南米大陸にも拡がった。アジア地域の1996年以降のコレラ患者数は1998、 1999年に増加したものの、 ほぼ横ばい状態である(本号12ページ参照)。

V. cholerae O139は、 1992年にインド・ベンガル湾沿岸で最初に発見されたが、 現在では主にインド亜大陸および東南アジア地域で分離されている。わが国では、 1993年4月にインド帰国者から初めて検出された後、 12例が報告されているが(本月報Vol.19、 No.5参照)、 1997年10月以降は報告がない。O1、 O139以外の血清型のV. cholerae の中にも稀にCTを産生し、 コレラ様の症状を起こす菌があるが、 現在コレラの起炎病原体には入れられていない(本号8ページ参照)。

1.わが国におけるコレラへの対応

コレラは1822年の国内初の流行以来、 致命率が高いため「虎狼痢」として恐れられてきた。1897年に制定された「伝染病予防法」では、 V. cholerae O1によるコレラ患者および保菌者に対し強制隔離による防疫対策がとられていたが、 CT非産生性のV. cholerae O1はコレラ様の症状を示さないことから、 1988年10月から、 CT産生性のV. cholerae O1が分離された者のみが防疫対策の対象となった(本月報Vol.9、 No.11参照)。1999年4月より施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」では、 コレラは2類感染症に位置づけられ、 新しく出現したCT産生性のV. cholerae O139も起炎病原体に加えられた。また、 強制隔離をしない対策に変更された。同時に「検疫法」も第7次改正が行われたが、 コレラは引き続き検疫感染症となっている。さらに、 食品の汚染に由来するコレラが発生していることから、 1999年12月に「食品衛生法」施行規則も改正され、 コレラ菌が「病因物質の種別」に追加された(生衛発第1836号)。

2.わが国におけるコレラの発生状況

1989年〜2002年8月までのわが国におけるコレラ発生状況を表1に示す。コレラ患者報告数(真性患者および保菌者総数)は、 感染症法施行前は1995年を例外として年間40〜100例弱で推移していたが、 同法施行後は40例以下に減少している。患者の多くに海外渡航歴が有り、 1995年にはバリ島からの帰国者に多数のコレラ患者が発生した(本月報Vol.16、 No.4参照)。一方、 近年、 海外渡航歴のない国内例がみられ、 1989年は名古屋で(本月報Vol.11、 No.1参照)、 1991年は首都圏で集団発生が起こった(本月報Vol.12、 No.10参照)。1994、 1995、 1997年にも散発ではあるが、 19〜28例の国内例が発生している。1997年の散発患者由来のV. cholerae O1株のパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)パターンは、 すべてが同一あるいは極めて類似しており、 感染源が同一である可能性が指摘されたが、 その特定には至らなかった(本月報Vol.19、 No.5参照)。

感染症法施行後の感染症発生動向調査:1999年4月〜2002年8月までにコレラ症例185例が報告され、 うち110例が真性患者、 15例が保菌者と確認されている(2002年8月28日現在)。推定感染地は、 従来同様ほとんどがアジア地域で、 フィリピン、 インド、 インドネシア、 タイの順に多かった(表2)。月別にみると(図1)、 海外で感染したと推定される国外例は通年で見られるが、 海外渡航歴の無い国内例は、 1997年同様7、 8、 9月に多発しており(本月報Vol.19、 No.5参照)、 明らかに異なった傾向を示している。年齢は、 国外例が20代をピークに幅広い年齢層にみられるのに対し、 国内例は45歳以上に集中している(図2)。性別をみると男性が女性を大きく上回っている(国外例58:29、 国内例25:13)。

各自治体で確認されたCT産生性のV. cholerae O1の型をみると(図1)、 国内例では2000年までは小川型が12/13と主流を占めていたが、 2001年以降は稲葉型が24/25となり、 型が入れ替わっているのが特徴である。一方、 国外例でも同様に2000年末からタイからの帰国者などで稲葉型が増加しているが、 依然として2001年以降も小川型が25/38と優位を占めている。

稲葉型による国内集団事例は、 1978年に東京・池之端、 1989年に名古屋で起こっており、 この2事例由来菌株のPFGEパターンと比較すると、 1997年または2001年以降の国内例から分離された稲葉型株は明らかに異なっていた。増加傾向にある稲葉型の動向に引き続き注意を払う必要がある。また、 最近薬剤耐性菌が増加していることが報告されている(本号8ページ参照)。

3.今後の課題

感染症法施行後のコレラ発生数は年間40例に満たず、 施行前のほぼ半数となった。国外例の報告数の半減が、 発生数減少に大きく影響している(表1)。一方、 国内例は減少していないので、 相対的に国内例の占める割合が増加している。今後海外帰国者および国内例に対する監視を強化する必要がある。

感染症法の施行にあたって、 「伝染病予防法の廃止に伴う個別の感染症等に係る対策通知の取り扱いについて」(平成11年3月30日健医感発第44号)という通知が出されており、 「コレラ菌検査の手引き」(昭和63年9月28日健医感発第62号、 本月報Vol.9、 No.11参照)に基づいて細菌学的検査を行うことになっているが、 感染症法施行後の地方衛生研究所および検疫所からの病原体報告数は確認患者報告数の約半数となっている(表1参照)。コレラの発生動向調査およびその汚染原因究明のためには、 患者からの病原体の分離、 およびその菌株の解析が重要である(本号7ページ参照)。したがって細菌学的検査体制、 および病原体情報収集体制の確保のために現状を再検討する必要がある。

また、 食品衛生法に基づく届け出によれば、 コレラ菌を病因物質とする食中毒事例が、 2000年に1例(患者数2名)、 2001年に1例(同7名)、 いずれも8月に発生している。海外渡航歴が無く、 食品の介在が疑われるコレラ患者の発生に際しては、 食品からのコレラ菌の検出も大切であり、 喫食調査などの疫学調査が重要である。

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