炭疽菌PCRにおいて防御抗原遺伝子と思われるバンドが検出された事例

(Vol.23 p 175-176)

2002年3月27日、 札幌市内の公共施設のトイレ床に「白い粉」があるのを清掃作業員が発見した。同施設は直ちに同トイレへの立入り禁止措置を取るとともに110番通報し、 保健所等による現場除洗、 接触者調査等が行われ、 当所で「白い粉」の炭疽菌検査を行った。「白い粉」は粉薬状の微粉末であった。

一次検査:「白い粉」に前処理を行い沈渣の再浮遊液を試料とし、 まず、 塗抹検査(グラム染色、 芽胞染色、 莢膜染色)、 PCR[防御抗原遺伝子(PA)、 莢膜遺伝子(CAP)]およびポリミキシンB加TSBで増菌培養を行い、 残りの試料を62.5℃ 15分間熱処理後、 直接分離培養[血液寒天、 NGKG寒天、 Bacillus cereus Agar(BCA)]およびTSBで増菌培養を行った。なお、 PCRは2001年10月25日、 国立感染症研究所および厚生労働省主催による「炭疽菌の検査法に関する講習会」で配布されたプライマーを用い、 同講習会資料「炭疽菌遺伝子のPCR法による検出」に基いて行った。結果は表1のとおりである。

二次検査:二次検査はポリミキシンB加TSBおよびTSBの36℃6時間振とう培養液を試料とし、 塗抹検査、 PCR、 分離培養を行った。結果は表2のとおりであり、 塗抹検査ではグラム陽性、 有芽胞大桿菌が認められた。また、 PCRではPA遺伝子と思われる596bpのバンドが検出された。CAP遺伝子は検出されなかった。

PA遺伝子と思われるバンドは再検査によっても検出され、 陽性コントロールおよび陽性コントロール添加試料のバンドとも大きさが一致したことから、 確認検査を開始するとともにPCR産物の確認を北海道立衛生研究所に依頼した。

確認検査:確認検査は増菌分離培養(血液寒天、 NGKG寒天、 BCA)による平板培地のコロニーを試料とし、 塗抹検査、 確認培養(TSI、 VP、 シモンズクエン酸)、 パールテスト、 ファージテストを行った。結果は表3のとおりである。

二次検査および確認検査では、 溶血性(+)、 辺縁縮毛状(-)、 運動性(+)、 パールテスト(-)、 およびファージテスト(-)であり、 炭疽菌の性状との一致は認められなかった。

道立衛生研究所では当所とは異なるプライマーを用いたPCR 再検査、 アスコリ反応、 パールテスト、 ファージテストを行った。結果は表4のとおりである。

異なるプライマーを用いたPCRでもPA遺伝子と思われるバンドが検出されたことから、 保健所等により接触者リストに基づく健康調査、 患者受入れ病院の確保、 対策本部の設置準備が進められた。また、 道立衛生研究所においてPCR産物の特異性を確認するためシークエンスが行われ、 PA遺伝子でないことが判明したが、 遺伝子の特定には至らなかった。

3月29日午後、 確認検査およびシークエンスの結果から炭疽菌陰性を確定した。

今回の事例は、 原因は不明であるが炭疽菌PCRにおいてPA遺伝子と同じサイズのバンドが認められた稀な事例であることから、 分離株を国立感染症研究所獣医科学部に提供した。

今回の事件の解明にあたり、 全面的にご協力いただきました北海道立衛生研究所・食品微生物科ならびに遺伝子工学科の諸先生に深謝いたします。

札幌市衛生研究所
大谷倫子 赤石尚一 川合常明 廣地 敬 坂本裕美子

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