The Topic of This Month Vol.23 No.3(No.265)

輸入真菌症

(Vol.23 p 55-56)

輸入真菌症とは、 本来日本には常在しない真菌に海外で感染した者が、 日本国内で把握されたものを指す。一般にわが国では、 真菌症、 特に内臓が冒される深在性真菌症は、 免疫力の低下した者に発症する日和見感染であるという認識が強い。これに対し、 輸入真菌症は、 生来健康な人に発生する点が、 大きく異なっている。なかでもコクシジオイデス症は真菌症の中でもっとも危険なものとされている。しかし、 わが国における輸入真菌症の実態は、 本症に対する知識・関心の低さ、 さらには1999年4月の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」施行以前は届け出義務のない感染症であったことも加わり、 明らかではない。本特集では本邦で発症する可能性の高い輸入真菌症であるコクシジオイデス症、 ヒストプラスマ症、 パラコクシジオイデス症、 マルネッフェイ型ペニシリウム症の4疾患の発生状況を述べる。データは、 千葉大学真菌医学研究センターに寄せられた症例に加え、 厚生労働省研究班によるアンケート調査、 文献検索の結果によるものである(亀井らによる「輸入真菌症等真菌症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究」平成12年度報告書)。

これまでにコクシジオイデス症27例、 ヒストプラスマ症30例、 パラコクシジオイデス症17例、 マルネッフェイ型ペニシリウム症1例が日本国内で報告されている。

コクシジオイデス症は、 米国南西部(カリフォルニア州〜アリゾナ州〜ニューメキシコ州など)、 メキシコ西部、 アルゼンチンのパンパ地域の半乾燥地域に発生する風土病で(本号4ページおよび本月報Vol.14、 No.2、 Vol.22、 No.1Vol.23、 No.1&No.2参照)、 その病原体はCoccidioides immitis という真菌である。本菌は地球上のあらゆる真菌の中でもっとも病原性が強く、 健常人でも感染し死に至ることもある。土壌中の菌糸が極めて飛散性の高い胞子(分節型分生子)に変わり、 これが強風や、 土木工事などで空中に飛散し、 それを吸入することにより発症する。肺内に吸入された分節型分生子は膨化し、 球状体に成長、 その中に多数の内生胞子が充満し、 成熟後壁の一部が破れ、 内生胞子は組織内に放出されて球状体となり、 以後体内で同じサイクルを繰り返して増殖する。潜伏期は7日〜1カ月である。症状は通常感冒〜肺炎に類似していることが多いが、 肺感染が慢性化すると血痰・喀血などを呈する。米国の研究では、 感染者の30〜40%が発病し、 そのうちの9%あまりが重篤な状態に陥り、 約3%が死亡している。

今回明らかになったわが国での症例数は、 1980年までが2例、 1981〜90年が6例であったのに対し、 1991年以降は19例に達しており、 1991年以降に急増している(図1)。死亡者は1例であった。感染地は約85%が米国(主にアリゾナ州とカリフォルニア州)で、 海外渡航歴のない症例が2例あったが、 いずれも輸入綿花取り扱い業者で、 輸入された綿花に付着していた菌による感染と考えられる(表1)。全例とも患者は生来健康であった。ちなみに、 感染症発生動向調査では1999年4月〜2002年2月末までの間に3例の報告がある。

ヒストプラスマ症は、 米国オハイオ州〜ミシシッピー渓谷南部に報告例が多く、 それ以外にも、 中南米、 東南アジア、 ヨーロッパなど世界中の多くの地域で散発的に見られる。Histoplasma capsulatum の大小の分生子を吸入することにより経気道的に感染し、 肺、 さらには肝、 脾臓など全身の諸臓器を冒す。本菌は土壌中で通常菌糸状で発育するが、 体内ではマクロファージ内で酵母型細胞として分芽する。AIDSなどの細胞性免疫の低下した患者では特に重篤となり致死率が高いが、 コクシジオイデス症と同様、 健常人も感染する。呼吸器感染における症状は、 感冒〜肺炎に類似している場合が多く、 特徴的なものはない。

わが国では、 1980年までが6例、 1981〜90年が5例であったが、 1991年以降は19例に及んでいる(図1)。死亡者は30例中7例(23%)であった。患者の一部は、 AIDSなどの基礎疾患を持った日和見感染によるものであった。感染地は67%が中南米で、 この中には洞窟内にあるコウモリの糞中で増殖した本菌を吸入して感染したと思われる探検者の集団発生もあった(感染症学雑誌、 69: 444-449、 1995参照) 。なお、 米国でも同様の集団発生が報告されている(CDC、 MMWR、 Vol.50、 No.18、 2001参照)。一方、 海外渡航歴がなく、 日本国内での感染と考えられる症例が20%を占めており、 コクシジオイデス症と同様、 海外渡航歴が無いからといって、 本症を否定できないことがわかる。

パラコクシジオイデス症は、 サンパウロを中心としてブラジルに多発する真菌症で、 原因菌はParacocccidioides brasiliensis である。主に経気道的に感染し、 体内では酵母型細胞として複数分芽する。肺に病巣を作るとともに、 粘膜、 リンパ節など全身に広がっていく。口腔粘膜の潰瘍性病変や著しい頚部リンパ節腫脹が見られることがあり、 診断に有用である。また、 肺線維症を引き起し重篤な呼吸不全に陥ることもある。

本症も他の輸入真菌症と同様、 1980年までに4例、 1981〜90年2例に対し、 以後11例と、 最近10年間の増加が目立っている(図1)。死亡者は無かった。感染地は大部分がブラジルであった(患者は1名を除き、 すべて来日したブラジル人)。コクシジオイデス症と同様、 重篤な基礎疾患をもつ症例はみられていない。

マルネッフェイ型ペニシリウム症は、 1995年に1例が認められたのみであるが、 本症はわが国でも増加しつつあるAIDS患者に好発すること、 さらに、 発生地域であるタイ、 ベトナムなどとの往来が盛んになることが予想されることなどから、 今後増加に対する警戒が必要であろう。また、 本症は臨床症状、 病理所見ともヒストプラスマ症に類似している上、 アジアでは発生地域もほぼ同一であり、 本症がヒストプラスマ症と誤診されている可能性も考えられる。

診断・検査は、 病理学的検索、 起因菌の分離培養、 血清検査などを行う(表2)。病理学的検索では、 病態に応じて肺、 粘膜、 リンパ節、 皮膚などを特殊染色して菌を証明する。分離培養の検体としては、 呼吸器感染の場合、 喀痰、 気管支洗浄液等が用いられる。ヒストプラスマ症では血清、 尿、 髄液中の抗原検出が可能である。コクシジオイデス、 ヒストプラスマの抗体検査は千葉大学真菌医学研究センターで行っている。PCRによる検査法は現在開発中である。

輸入真菌症病原体の多くは、 健常人にも感染する強毒菌である。実際には、 人−人感染は極めて少ないが、 C. immitis をはじめ、 菌を分離同定中に検査技師が感染する可能性が高く、 感染事故の報告も多い。一般の検査室でむやみに菌を操作することは極めて危険である。C. immitis の場合、 培地上で菌の発育が進むほど危険性が増す。このため、 C. immitis の可能性がある場合は、 主治医から検査室へ十分な情報提供をするべきである。

海外との往来の増加にともない、 輸入真菌症は今後も増加を続けると予想される。しかし、 国内の医療関係者の本症に対する認識・関心はいまだ十分ではなく(3ページ参照)、 今後は医療関係者への教育や情報提供を積極的に行うこと、 検査や診断のためのレファレンス体制の整備が必要である(5ページ参照)。

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