化膿性髄膜炎例から分離される肺炎球菌の分子レベルからみた耐性化状況

(Vol.23 p 34-36)

「化膿性髄膜炎・全国サーベイランス活動」に至る背景:近年、 上・下気道感染症から分離される肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae )やインフルエンザ菌(Haemophilus influenzae )において薬剤耐性化が急速に進行している。それと併行し、 化膿性髄膜炎例からの分離菌においても耐性菌が増加していると思われるが、 本邦においては正確なデータがないように見受けられる。

本邦でペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)による髄膜炎例が報告されたのは1988年であるが、 今日に至るまで細菌学的疫学調査と発症例の背景調査は十分には行われてこなかった。このような経緯から、 それらを明らかにすることを目的として、 全国レベルで組織されたのが「化膿性髄膜炎・全国サーベイランス班(班長・北里大学医学部:砂川慶介)」である。この研究には約200施設の細菌検査室が参加しているが、 2000年11月に活動開始以来ちょうど1年が経過した。各施設における当該症例から分離された菌は当研究室に収集され、 耐性遺伝子解析、 血清型別、 薬剤感受性等の測定が実施されている。ここでは今までに得られた成績について報告する。

耐性遺伝子と耐性レベルの関係:解析対象は200例以上に達している。その発症年齢と分離菌の感性・耐性との関係をに示す。それぞれの菌は、 β-ラクタム系薬の耐性に関わるpbp1a pbp2x pbp2b 遺伝子の変異に基づき区別されている。遺伝子変異の組み合わせでβ-ラクタム系薬に対する耐性レベルが異なることによる。遺伝子学的にはペニシリン感受性肺炎球菌(PSSP)は遺伝子変異のない株、 ペニシリン低感受性肺炎球菌(PISP)は1〜2遺伝子に変異を有する株、 PRSPは3つの遺伝子すべてに変異を有する株である。PSSPのペニシリンG(標準薬)感受性は0.016〜0.063μg/ml、 PISPでは0.063〜0.5μg/ml、 PRSPは1〜4μg/mlである。

米国微生物学会・米国臨床検査標準委員会(NCCLS)の勧告では、 ペニシリンGの感受性が≦0.063μg/mlをPSSP、 0.125〜1μg/mlをPISP、 ≧2μg/mlをPRSPとしているが、 このブレイクポイントは主にペニシリン系薬の臨床成績に基づいているので、 遺伝子学的な成績とはやや乖離がみられる。私達はPRSPか否かを短時間で判定する「PRSP遺伝子検出試薬[湧永製薬(株)]」を構築しており、 これによると約2時間で識別できる。

発症年齢と起炎菌の耐性型:肺炎球菌性髄膜炎の発症年齢は2峰性を呈することが特徴で、 この点がインフルエンザ菌性髄膜炎と異なる。発症は生後3カ月位から認められ、 6カ月を過ぎると急速に症例数が増え、 1歳台をピークとして学童期まで漸次減少する。しかし、 それ以降の年齢層でも発症例があり、 50代〜60代にもう一つのピークがある。20歳未満とそれ以上の比率は7対3である。成人例においては痙攣、 意識不明などを主訴として突然発症し、 短時間で重篤化し、 神経内科、 救命救急センター、 脳外科などへ搬送されている。約半数例には糖尿病やその他の基礎疾患がみられ、 DICの併発や神経麻痺あるいは死亡例など予後不良例が多い。事後のアンケートに回答いただいた22名での集計を行うと、 DICは32%にみられ、 後遺症は23%、 死亡例は28%となっている。

耐性型の特徴は、 小児由来株ほどPRSPとPISPが多く、 PSSPはごくわずかである。それに対し、 成人例ではPRSPによる症例もあるが、 むしろPISPやPSSPによる発症例が多い。

莢膜血清型に小児と成人由来株の莢膜血清型の違いを示す。肺炎球菌は最外層に多糖体の莢膜を有し、 84のタイプに分けることができる。莢膜は病原性と関連している。小児に髄膜炎を惹起するタイプは6Bや6Aが多く、 次いで19Fと23Fである。肺炎例からの分離頻度が高い14型もみられる。日本で分離されるこれらのタイプにはPRSPが圧倒的に多いので、 必然的に小児ではPRSPによる発症例の多いことへとつながっている。また、 6型関連の頻度が高いのは、 母体からの抗体移行がないためともいわれる。

一方、 成人例ではムコイド型の3型や9、 22型など病原性の強いタイプと、 23型のように病原性としては弱いタイプがみられる。成人の劇症例では、 起炎菌に対する抗体が獲得されないままに過ぎてきた可能性も考えられ、 宿主側も問題を有しているようにみえるが詳細は不明である。

PRSPに対する注射薬の抗菌力:PRSPに対する治療抗菌薬であるが、 抗菌力と殺菌力が優れているのはカルバペネム系薬である。中でも日本でのみ使用されているパニペネムがほぼすべてのPRSPの発育を0.125μg/mlでカバーしている。欧米ではバンコマイシンやメロペネムが使用されているが、 これらの抗菌力は0.5μg/ml前後と必ずしも良好でなく、 また本邦においては未認可である。セフォタキシムとセフトリアキソンも使用されてきたが、 PRSPに対するMICは1〜2μg/mlと劣り、 アンピシリンや日本で開発されたいわゆる第三世代セフェム系薬はさらに劣る。PRSPに対する注射薬のMIC90は、 パニペネム(0.125μg/ml) 》MEPM = VCM(0.5) 》CTX = CTRX(2) > CTM = PIPC = ABPC (8)となっている。

髄膜炎治療に際しては、 髄液中の薬剤濃度が起炎菌に対するMBC(最小殺菌濃度)の10倍以上必要とされる。肺炎球菌のMBCはMICの2倍以上であるから、 起炎菌がPRSPの場合にはパニペネムでも2〜3μg/mlの髄液中濃度が必要という計算になる。

まとめ:2000年11月〜2001年10月の1年間にわたるサーベイランス活動を通じ、 髄膜炎由来の肺炎球菌における耐性化についての分子疫学的解析ができたと考えている。髄膜炎では後遺症を残すことなく救命できることが、 患者本人にとっても、 また社会的負担の上からも最も重要なことである。正確で迅速な診断と、 それに基づく適切な抗菌薬の選択が求められている。

(財)微生物化学研究所
北里大学医学部 生方公子

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