国内外の特徴的な破傷風報告事例

(Vol.23 p 6-8)

壊死性小腸穿孔の手術後に発症した破傷風の症例(長崎県):75歳の男性が、 壊死性小腸穿孔の手術24時間後に重い破傷風を発症した例が報告された。腸管の内容物に含まれる破傷風菌が原因であると考えられたが、 そのことを菌の培養で確認するまでには到らなかった。臨床的に“後弓反張”が確認されて破傷風と診断された。破傷風に対して通常取られる処置が効果的であった[Furui et al. Surgery Today 1999; 29(7):626-628]。

糖尿病患者の足からの感染による破傷風(米国):57歳の、 2型(インスリン非依存型)糖尿病に高血圧と末期の腎疾患を併発し入院を繰り返していた患者が、 足親指が黒くなったと訴え来院した。患者は親指の痛みも怪我もないと否定したが、 顎関節の圧痛と開口障害を訴えていた。その後全身性の破傷風へと移行し長期間の入院を強いられた。糖尿病性の足部感染症由来の破傷風は、 数は多くないが、 注意すべき感染症である[Panning and Bayat, Pharmacotherapy 1999; 19(7):885-890]。

吸収(嚥下)性気管支肺炎が原因となった可能性のある破傷風−成人に対するワクチン接種の重要性(メキシコ):溺れかけたところを救出された初老の患者が、 吸収(嚥下)性気管支肺炎になり、 その後破傷風を発症した。肺への吸引物以外には、 明らかな菌の侵入部位は考えにくかった。糞などの有機物を気管支に吸入した場合に、 破傷風菌そのものばかりでなく他の微生物を含む「病気に都合の良い微生物的環境」も一緒に導入され、 それが結果的に発症につながったのではないかと筆者らは推測している。成人へのワクチン接種を筆者らは奨めている[Ostrosky-Zeichner et al. Rev. Invest. Clin. 1999; 51(2):117-119]。

嫌気性の膿胸から分離された破傷風菌(オーストラリア):オーストラリアの農村部で、 68歳の引退した農夫が胆嚢除去の手術を受けたのち心不全を起こして膿胸を発症した。ドレーンによる排膿とペニシリンによる治療で症状は改善されたが、 回復期に突然死亡した。膿胸の膿から破傷風菌とFusobacterium mortiferum が検出された[Mayall et al. Pathology 1998; 30(4):402-404]。

高い抗破傷風抗体価を有するにもかかわらず破傷風を発症した症例(米国):破傷風に対する免疫を獲得し、 血清中に高い抗体価を有していた3人の患者が、 グレードIIIの重篤な破傷風を発症し、 うち1人が死亡した。3人のうち1人は抗破傷風ヒト免疫グロブリン(TIG)製剤用の血液を採取するため高度免疫されており、 あとの2人は来院する1年前に破傷風の予防接種を受けていた。3人の入院時の抗破傷風抗体価は、 血球凝集法とELISA法で測定すると0.15〜25IU/mlであった(発症予防レベルは0.01IU/mlと考えられている)。1人から採取された血清は、 これらのin vitro法では0.20IU/mlと測定されたが、 マウスを用いて毒素活性の中和能を指標に抗体価を測定すると0.01IU/ml以下であった。このことはこの患者の、 破傷風毒素に対する免疫レパートリーに、 欠落している部分があることを示している。この例は米国では初めての、 高い抗体価を有しながらグレードIIIの破傷風を発症した例であるが、 防御可能レベルの抗体価が認められても、 それだけの理由で診断の際に破傷風を否定するべきではないことを示している[Crone and Reder, Neurology 1992; 42(4):761-764]。

ピアスと破傷風(米国):耳ピアスによる破傷風はインドで1978年にすでに報告されている。また刺青ショップでのボディピアスによる破傷風は米国で1995年に報告されている。ここで報告する症例は、 1997年に、 自分でへそにピアスの穴をあけたカリフォルニア州の27歳の女性が破傷風を発症した例である。患者は自分の耳にピアスの穴を何度も開けた経験があり、 今回(1997年4月11日)は母親の職場から手に入れた、 無菌と称する16ゲージ注射針でへそに穴を開けた。10日後(4月20日)、 開口障害とともに顔に激しい痛みを覚えたのでその翌日救急病院を訪れ、 臨床症状から破傷風と診断された。へそのピアス部分は赤くなり化膿性の分泌物が見られたが、 それ以外に外傷は見当たらなかった。ピアスのリングの抜去と創傷の清拭が行なわれた。破傷風菌は検出されなかった。呼吸管理の必要はなく、 TIGとペニシリンによる治療が行なわれた結果、 4月30日までに症状は緩解し患者は退院した。患者にTIGを投与する前の血清中の抗破傷風抗体価をELISA法で測定したところ、 防御レベルと考えられているより高い0.68IU/mlであった。ワクチン歴の記録は不十分で、 6年前の接種歴があることが確認されたが、 実際には初回免疫も完全に終えていると推測された[O'Malley et al. Clin. Infect. Dis. 1998; 27(5):1343-1344]。

新生児破傷風の危険因子(セネガル):セネガルの農村部で1983年3月〜1986年3月までの、 45例の新生児破傷風死亡例について、 187の対照例とあわせて危険因子の評価が行われた。新生児破傷風は全新生児死亡例の1/3 を占め、 これは全新生児1,000人に対して16人という割合であった。危険因子として有意であったのは、

 ・へその緒を切る役割の者が石鹸で手を洗ったかどうか
 ・へその緒の手当てをした者が熟練していたかどうか
 ・母親の年齢が18歳以下であったかどうか
 ・助産婦が分娩以前に到着していたかどうか

であった。対照的に、 へその緒を切るための道具に何を使ったかは有意な因子ではなかった。これらの解析結果より、 破傷風菌の主な汚染源は助産婦の手であること、 汚染の多くはへその緒を切った切り口の手当てをするときに起こることが示唆された。新生児破傷風による死亡率を低下させるためには母親と助産婦に衛生の基礎を教育することが重要であると思われた[Leroy and Garenne, Int. J. Epidemiol. 1991; 20(2): 521-526]。

牛酪油を臍帯切断部に塗って起こる新生児破傷風−酪油を加熱する燃料として使われる牛糞の役割(パキスタン):パキスタンにおいては、 新生児のへその緒の傷を癒すために塗られるギー(牛酪油)が新生児破傷風の危険因子であることがすでにわかっているが、 汚染がどのように起こるのかは明らかになっていなかった。著者らはパキスタン領パンジャブ地方における 229例の新生児破傷風症例と 687例の対照例について、 ギーの取り扱い方法を詳細に解析し、 その結果、 ギーを使用時に加熱するために乾燥牛糞を燃料として用いたかどうかが、 新生児破傷風の発生と有意な関連があることが明らかになった[Bennett et al. Int. J. Epidemiol. 1999; 28(6):1172-1175]。

人に指を噛まれたことが原因となった破傷風(インド):患者は、 人に指を噛まれたあとに全身性の破傷風を発症し、 入院後回復した。破傷風菌による二次的な感染による症例と考えられる[Agrawal et al. Ann. Plast. Surg. 1995; 34(2):201-202]。

非経口的薬物乱用者の破傷風の一症例(米国):アメリカ合衆国においては、 適切な免疫を受けていない人たちが罹患する破傷風は深刻な問題である。この症例は45歳の非経口的薬物乱用者で、 ニューヨーク・ハーレム地区の病院に、 頚部硬直、 開口障害、 嚥下障害、 胸筋の痙攣を訴えて来院した。皮膚には多数の潰瘍が認められた。気管内挿管、 TIGの投与、 破傷風トキソイド、 ペニシリンの静脈内投与といった積極的な治療が行なわれたが、 症状は急速に悪化し心停止に到った。薬物乱用者のこのようなケースに対しては、 HIV感染にともなう類似の症状を考えがちであるが、 臨床医は破傷風のことも常に念頭に置くべきである[Francoiset al. J. Natl. Med. Assoc. 1994;86(3):223-225]。

注射による薬物乱用者の破傷風(米国):1997年に米国では、 47の破傷風症例が報告されている。そのうち11例がカリフォルニア州のもので、 さらにそのうち6例は注射による薬物乱用者(IDU)であった。以下は、 1987年〜1997年までのカリフォルニア州におけるIDU の破傷風報告例のまとめと、 1997年に起こった二つの症例である。

IDU破傷風報告例のまとめ:カリフォルニア州で報告されたIDUの破傷風症例は、 1987年に1例であったのが1997年には6例に増加した。1987〜1997年までにカリフォルニア州で報告された破傷風患者計67例のうち27例(40%)がIDUであった。そのうち24例(89%)がヒスパニック系で、 そのうちさらに24例(89%)は注射痕以外の外傷痕はみられず、 18人(69%)には注射部位に膿瘍がみられた。注射方法が判明した14人のすべてが皮下注射を行なっており、 薬物の種類が特定できた10人のすべてがヘロインを単独か他の薬剤と併用して注射していた。

症例1:59歳のヒスパニック系女性が、 後弓反張発作を訴えて1997年6月18日救急病院に来院した。患者は破傷風と診断され入院した。患者はそれまで断続的にヘロインを注射していたが、 2年前からは毎日の注射を再開し、 腕と足の注射部位に膿瘍が多発していた。人工呼吸とTIGの投与にもかかわらず、 患者は6月23日に死亡した。ワクチン歴は不明であった。患者は、 夫が糖尿病患者であったために、 滅菌注射器や消毒用アルコールを容易に手に入れることができた。家族の話では、 患者は衛生的な方法で注射を行なっていて、 注射器を共用することはなかったということであった。

症例2:45歳のヒスパニック系男性が、 呼吸困難と震えを訴えて1997年6月17日救急病院に来院した。患者はヘロインを毎日5回ずつ注射していて、 休薬のために入院することになった。痙攣がその後も続いたため、 6月21日に破傷風と診断された。Clostridium subterminale Staphylococcus aureus が右腕の創傷から分離された。人工呼吸とTIG の投与により13週間で退院した。ワクチン歴は不明であった[O'Malley et al. MMWR 1998; 47(8):149-151 ]。

国立感染症研究所細菌・血液製剤部 岩城正昭 福田 靖 高橋元秀

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