20代でみられた破傷風

(Vol.23 p 5-6)

症例1:患者は25歳女性。職業は看護婦。2001年8月14日起床時から首が重く、 張るような感じがあり、 塩酸エペリゾン100mg内服し、 病院に出勤した。仕事中に、 本人の意思に反して歯を食いしばるようにきつく口が閉じてしまい、 口をあけることが困難になり救急外来を受診し、 同院神経内科入院となった。なお、 2001年7月29日に左頚部に創傷受傷歴があった。DPT接種種歴は明らかでなかった。

入院時バイタルは、 血圧134/80mmHg、 脈拍96回/分・整、 体温37.2℃。一般理学的所見は問題なく、 神経学的所見は、 強い開口障害と頚部を側屈させるような奇妙なジストニア様運動を認めた。この他には、 運動系・感覚系・反射系を含めて問題を認めなかった。CBCは、 WBC 9,900/μlと軽度上昇、 一般生化学検査は正常であった。動脈ガス分析は、 pH 7.38、 PaCO2 35.4mmHg、 PaO2 107mmHg、 HCO3 20.8mmol/lであった。以上より、 薬剤性ジストニア、 破傷風、 ヒステリー発作などが考えられた。

破傷風として、 ポリエチレングリコール処理抗破傷風ヒト免疫グロブリン(TIG-IH)1,500単位、 ペニシリンG 1,000万単位静注を開始した。3〜4時間頚部のジストニー様運動持続したがその後消失し、 再発作は認めなかった。開口障害は翌日も残ったものの、 自発的な開口は可能になった。入院後の頭部CT、 EEG検査はともに異常を認めなかった。ペニシリンG 2,000万単位/日は5日間継続し、 末梢白血球が正常化し、 開口障害を認めなくなった2001年8月21日退院となった。創部よりの破傷風菌培養はされなかったが、 TIG+ペニシリン療法が著効したことより破傷風菌感染に伴うテタニー発作であったことが考えられた。

本症例は、 DPT接種歴ははっきりしなかったが、 青年期に発症したと考えられる破傷風疑いである。一般に破傷風では、 発熱を伴わないとされ、 発熱を伴う破傷風は予後不良とされるが、 本例では軽度の白血球上昇と微熱を認めたものの軽症であったことが特徴的であった。これは、 初期症状発症後1時間という非常に早期に治療を開始したことが関与していると予想される。

日大板橋病院神経内科 三木健司

症例2:20歳男性。既往歴・家族歴:特記すべきことなし。ワクチン歴:DPT3回+1回)、 12歳時のDT追加は不明。

現病歴:2001(平成13)年8月16日午後5時頃バイクに乗っていて転倒(長野県松本市三才山)。対向のバイクに轢かれ両下腿開放骨折受傷。同日緊急入院、 緊急手術施行(洗浄−デブリードマン、 左減張切開、 両側鋼線牽引)。抗生剤CTMと破傷風トキソイド0.5mlと抗破傷風ヒト免疫グロブリン(TIG-IH)250単位投与した。8月17日午後11時30分頃200以上の頻脈となり、 38℃台の発熱、 意識レベルの低下、 全身強直性痙攣を認めた。頭蓋内出血、 髄膜炎、 静脈洞血栓症など疑い、 8月18日頭部CT、 頭部血管造影施行。しかしいずれも明らかな異常所見なく、 髄液採取したがこちらも正常であった。しかし採取時には後弓反張を認めた。脳神経外科医、 内科医との併診により牙関緊急、 後弓反張、 著明な発汗、 筋緊張亢進、 頻脈といった臨床症状から破傷風を疑った。8月20日創部培養提出し、 TIG 4,500単位投与、 抗生剤はPIPCに変更した。同日保健所へ破傷風として届け出た。8月21日TIG 4,500単位投与。局所にもTIG 500単位投与した。病室には暗幕を張るなどして極力刺激を排除し、 抗痙攣と鎮静のためミダゾラム持続静注を開始、 疼痛には塩酸ブプレノルフィン静注で対応した。創部培養では、 破傷風菌は検出されなかった。創傷処置などで強い刺激が加わると痙攣出現。8月25日現在開口は2横指。その後9月1日には開口は3横指となり、 9月5日頃には痙攣発作もみられなくなったため、 ミダゾラム静注を中止し部屋の暗幕をはずした。その後も症状の悪化を認めず、 9月26日観血的整復固定術施行。12月現在リハビリ入院中である。

まとめ:今回の症例を経験して感じたことは、 なにもかもが手探りであったということである。診断はその症状の原因と考えられる事項を一つ一つ削除する除外診断と、 破傷風を念頭においた上での現症のみなおしで破傷風が最も疑わしいと結論したが、 多くの文献でも見られるように本症例でも破傷風菌は検出されなかった。また通常破傷風では出現しないとされる意識障害をみとめたことや、 受傷から発症まで約30時間と短時間であるなど、 破傷風の診断を下すにあたって迷う要因も存在した。治療に関しては、 文献を参照してTIGを2日で10,000単位投与した。また、 教科書どおり外刺激に対して暗室へ収容し、 不穏に対しては鎮静剤を投与した。症状の経過としては開口もおおむね2横指程度可能で気管内挿管や気管切開を要さず、 vital signも安定していたため比較的軽症であったと考えられた。しかし鎮静剤の中止時期や暗室の解除、 骨折に対する2回目の手術の時期などは決定に苦慮した。破傷風という疾患は非常に稀であり、 実際に経験した医師も皆無に等しく、 診断基準も存在しない。したがって単一の診療科のみでは診断・治療は困難で、 複数科の診察による総合的な診療が不可欠と考えられた。

国立松本病院整形外科 魚住 律 伊東秀博 松林茂之 籠田 豊

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