破傷風の診断

(Vol.23 p 3-4)

破傷風菌は偏性嫌気性菌であり、 好気的な環境下では増殖できない。通常、 土壌中などでは熱や乾燥に対し高い抵抗性を示す芽胞の形態で存在すると考えられる。

破傷風菌の芽胞は、 地球上のほとんどの土壌から検出され、 我々が日常生活において芽胞との接触を完全に遮断することはほとんど不可能である。破傷風菌の感染は、 その芽胞が創傷部位より体内に侵入することにより成立する。極めて微小な創傷部位からでも芽胞が侵入することから、 侵入部位が特定されていない報告事例も多い。現在では、 転倒などの事故や、 土いじりによる受傷部位からの感染報告が多いが、 歯槽膿漏患者の病変部位からの感染や、 糖尿病患者のインスリンの自己注射や採血による感染も報告されている。また、 米国では注射による薬物依存者(ブラックタールヘロイン)に破傷風患者が報告され、 芽胞に汚染された薬物、 その溶解液や注射器からの感染の可能性が指摘されている。日本国内でも、 薬物乱用者の増加が懸念されていることから、 今後注目する必要がある。

感染した破傷風菌の芽胞は、 感染部位が嫌気状態である場合は発芽し、 栄養型菌となり増殖する。局所で増殖した栄養型菌が産生する毒素には、 神経毒(Tetanus neurotoxin、 別名Tetanospasmin)と溶血毒(Tetanolysin)の2種類がある。破傷風の主症状である強直性痙攣は神経毒によるものである。

破傷風(全身性)は、 感染後3〜21日の潜伏期を経て、 感染部位近辺や顎から頚部の筋肉のこわばり、 顔面の痙攣による痙笑、 舌のもつれ、 開口障害、 呼吸困難や後弓反張等の全身性痙攣などの症状がみられる。破傷風では初期症状(一般に開口障害)から、 全身性痙攣が始まるまでの時間をオンセットタイムといい、 オンセットタイムが48時間以内である場合、 患者の予後は不良であることが多い。

新生児破傷風は、 出産の際に破傷風菌の芽胞で新生児の臍帯の切断面が汚染されることにより発生する。近年の日本国内での患者報告は、 1995年の1例(人口動態の表参照)だけであるが、 発展途上国などでは衛生管理が十分でない出産施設での分娩の際に芽胞が感染する可能性も高い。世界の新生児の主要死亡原因の一つであり、 1999年には1万人以上の新生児が新生児破傷風に罹患していた(http://www.who.int/vaccines-surveillance/graphics/htmls/IncNTT.htm)。潜伏期間は1〜2週間で、 初期症状には吸乳力の低下などがある。60〜90%の発症新生児が10日以内に死亡する。

破傷風患者の臨床診断:強直性麻痺などの破傷風特有な症状により臨床的に行われる場合が多い。しかし、 破傷風治療の要である抗破傷風ヒト免疫グロブリン療法は、 発症初期でなければ十分な効果が得られない場合があり、 破傷風では早期診断が重要である。破傷風の診断では感染部位の特定は重要な診断材料となるが、 必ずしも必須ではない。外傷の有無にかかわらず、 患者に舌のもつれや開口障害などが認められたら破傷風を疑うべきである。

破傷風患者の病原体診断:破傷風の診断は臨床的になされる場合が多いが、 感染部位から破傷風菌が分離されれば、 患者の破傷風診断がより確実なものとなる。

偏性嫌気性菌である破傷風菌を培養する際には、 栄養型菌を好気環境へ暴露すると死滅しやすいので、 材料の採取から分離培養まで嫌気的条件を十分配慮して行う必要がある。一方、 破傷風菌が形成する芽胞は薬剤や熱に対して極めて高い抵抗性を持つことから、 検査施設の汚染防止に十分な注意が必要である。

破傷風菌の分離に用いられる臨床材料には、 患者の感染局所のデブリードマンによる組織片を含む組織洗浄液や、 膿汁などがある。検査には、 必要に応じて乳鉢等で粉砕して使用する。検体の塗抹標本をグラム染色した場合は、 芽胞はグラム染色では染まらず菌体だけが染色されるために、 太鼓の撥(ばち)状の桿菌として確認できる。破傷風菌は培養初期では通常グラム陽性であるが、 長期間培養すると陰性化する傾向がある。

破傷風菌の分離方法は、 増菌培地(クックドミート培地や肝片加肝臓ブイヨン培地など)に検体を植えた後、 80℃・5〜20分間過熱したものと非加熱のもの(芽胞を形成しにくい菌株も存在するため)を、 37℃・2〜4日間培養する。培養した菌液の一部を分離培地(GAM 平板寒天培地や血液寒天培地)に接種する。24時間嫌気条件下で培養すると、 破傷風菌は遊走性があるために、 移植部位から離れた所まで到達する。一般的に遊送した先端では純培養に近い菌を得ることができる。

培養液中に産生された破傷風毒素の検出はマウスなどの実験動物を用いる。4〜5日間破傷風菌を培養したクックドミート培地や肝片加肝臓ブイヨン培地の培養濾液を濾過滅菌(0.22μm)し、 その濾液0.2〜0.4mlをマウスの大腿部皮下に注射する。濾液中に破傷風毒素が存在する場合は、 マウスは破傷風毒素特有の体躯の硬直、 屈曲や注射側下肢の強直性痙攣などを示す。この時濾液に含まれる破傷風毒素が多ければ、 マウスは死亡する。一方、 あらかじめ抗破傷風抗毒素抗体を腹腔内に注射するか、 または濾液に抗毒素抗体を添加したものを注射した場合は、 破傷風毒素は中和されるために、 マウスは発症せず、 生存する。破傷風抗毒素抗体1単位は1,000〜10,000致死量の毒素を中和するため、 注射量中に10単位前後が含まれるように調整する。

なお、 破傷風菌を扱う可能性がある検査従事者は、 不測の事態に備え、 あらかじめ破傷風トキソイドワクチンの接種により破傷風に対する免疫を獲得しておくことが望ましい。

国立感染症研究所細菌・血液製剤部 福田 靖 岩城正昭 高橋元秀

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