ヒゼンダニの生物学
(Vol.22 p 246-247)

ヒゼンダニSarcoptes scabiei (L.)の分類学上の位置:ヒゼンダニは無気門亜目ヒゼンダニ科Sarcoptidaeに属す終生寄生虫である。本種の仲間は表皮内にもぐり込むダニ burrowing mitesであり、 表皮内には入らないキュウセンダニ科Psoroptidae のダニ類としっかり区別することが大切である。人獣に広く寄生するものを1種とみなし、 各動物種に固有の生理的変種に分けて扱う。したがって、 ヒト固有の変種をS. scabiei var. hominis とする。

ヒゼンダニの形態:胴体部は腹部が平らな半球形で、 角皮に細条紋があり、 背面に鱗片と刺状剛毛をもつ。腹面では、 左右の第1基節板が癒合し、 第2脚の位置付近にある産卵孔は平らなスリット状で、 雄は肛吸盤を欠く。脚は短く、 第3〜4脚は背面から見えない。そして、 付節の先に有柄の足吸盤を具え、 第3〜4脚の一方または両方で足吸盤が長毛や刺に置き換わる(参照のこと)。ヒゼンダニ属の発育齢期は、 卵→幼虫→前(第1)および後(第2)若虫→成虫からなり、 幼虫や若虫の形態は未発達ながら雌のそれに似る。顎体部を含む体長と体幅(μm単位)は、 幼虫 215×156、 第1若虫 270×195、 第2若虫期に性的2形性が現れ、 雄第2若虫 295×220、 雌2若虫 340×270、 雄 213-285×162-210、 雌 300-505×230-420と計測される(Fain、 1968)。幼虫は脚が3対ですぐに鑑別できるが、 二つの若虫期は第3転節に剛毛があって第1脚末節に2本の感覚毛があるものが後若虫(図の矢印)、 第3転節に剛毛を欠き、 第1脚末節の感覚毛が1本であれば前若虫である。

ヒゼンダニの生態と疥癬:前述のようにヒゼンダニが幾つもの生理的な変種に分けられているが、 各種動物のヒゼンダニがヒトにきて一過性の偽疥癬を引き起こすこと、 若いウサギにイヌのヒゼンダニを感染させて大量飼育ができること(Arlian、 1984)などから、 固有宿主を短期間離れても宿主の種間の障壁を越えて再感染する適応力を備えていることを示唆する。

ヒゼンダニの卵から孵った幼虫はトンネルを出て毛包に入って若虫→成虫に成長し成虫期になると毛包から脱出して交尾する。交尾を終えた雌は、 鋏角を使い第1〜2脚の助けを借りながら角層に生涯使うトンネルを掘り始める。約1時間でそこに潜り込むと、 以後、 日に0.5〜5mmのペースで前進する。性熟すると体長は400μm以上になり、 トンネルを掘り進めながら約2カ月にわたって日に2〜3卵を産み落として後方に残していく。したがって、 総産卵数は120以上と算定される。卵期は3〜4日、 産下された卵が成虫に達するまでに約14日を要する。この間の生存率は低く、 約10%が成虫に達するに過ぎない。未交尾の雌も角層に入るが、 奥深く侵入することはできない。また、 雄もそれと同様であり、 むしろ毛包開口部付近で未交尾雌が現れるのを待ち伏せている時間の方が長いと考えられている。性比は1:1であるが、 実際には雄に比ベて雌個体をみる機会がより多い。雌はトンネルの先端にいて外部に出ることはないが、 傷をつけずに強制的に取り出すと再び角層にもぐり込む。このように雌の角層潜入能が大きなことから、 雌、 ことに交尾直後の雌が感染型とみなされる。実際、 体表に出る機会が多い幼若虫や雄は、 実験的に感染させても定着することはほとんどない。また、 雌だけを除去すれば、 卵や幼若虫を残しても個体群がやがて消滅することが少数寄生例で確かめられている。痒みがあると掻爬して雌ダニを爪で排除することがあるので、 宿主側に症状を発現させることはヒゼンダニの存続には明らかに不利である。生存可能な温度の範囲は狭く、 50℃では10分で死滅し、 低温では20℃で動きは止まるが、 湿度が十分にあれば13℃で約2週間は生存する。疥癬を性感染症(STD)とみたり、 寝具を介して伝播される疾患となる生態特性である。ただし、 過剰寄生によってもたらされる角化型疥癬(ノルウェー疥癬)の鱗屑内にいる雌個体が、 最も危険な感染源である。

トンネルの先端にいる雌虫は、 着色した基節板のために前端が黒っぽい卵形の膨らみになっているので、 熟練した医師には肉眼で認められる。その雌を全身から探して900人の英国の男性感染者について調べたところ、 平均寄生数は11.3で、 1〜5個体の者が50%以上、 50以上は3%にすぎず、 最大511であり、 角化型疥癬時の多数寄生は認められなかったという(Mellanby、 1972)。寄生部位は手と腰部が最も多く63%、 11%の肘がそれに続く。乳児では、 顔面、 手掌、 足底を含む全身にトンネルが分布し、 5歳以下では下肢に多く、 それ以上になると手と腰部の寄生頻度が高まる。女性では、 乳頭に見出される確率が高いという。感染者を治療せずに9カ月観察したところ、 最初の2〜3カ月雌の数は増加し、 以後急激に減少して消失するグループ、 徐々に減少するかほとんど増減がみられないグループに分かれ、 決して増加し続けるものはなかったという(Mellanby、 1972)。症状は一定の感作期間をおいて発現することがよく知られている。Arlian(1996)は、 犬のヒゼンダニの虫体から抽出した抗原をもちいると、 感作期、 遅延型反応期、 遅延型+即時型反応期、 即時型反応期を経て脱感作されるという。感作期間は約1カ月で、 感作を受けた者の再感染時の反応は数時間で現れる。これを臨床例と対比すると、 好酸球が増加する段階まで進んでいる症例は非常に少ない。しかし、 幼若虫による毛包性丘疹(follicular papule)がみられる疥癬は感作が進んでいることを示す。免疫を獲得して症状が消えることを確かめることはほとんど不可能であるが、 角化型疥癬患者が痒みを訴えない例があることも知られている。疥癬の一つの特徴所見である丘疹が寄生部位の後方数ミリのところにできるが、 これは遅延型反応が顕現する間に雌虫が移動したものと解釈される。さらに、 前記の寄生部位と症状の好発部位の不一致については、 手や腰部の反応性が低いことによるという(Mellanby、 1972)。また、 ヒゼンダニとヒョウヒダニ類には共通抗原があるので(Arlian、 1988)、 そのような抗原によって、 それぞれの皮膚症において症状が修飾される可能性がある。

疥癬は、 通常家族間の身体接触が起こりやすい過密家庭で広がる、 症状の軽い疾患である(Mellanby、 1972)。このような見解に基づいて、 疫学的にみられる小児や若い女性に有病率が高いこと、 季節的には夏よりも秋冬に多く春に減少し始めることなどの現象も、 人体接触の頻度の多寡によって説明される。疥癬は有史以来知られる疾患で、 中世には8大疾病の一つに数えられていた。他の多くの流行性疾患と同様に、 相当の期間をおいて流行を繰り返す。この現象を集団免疫の変動と結びつけようとする研究者が多い。ただし、 流行を引き起こす原因について比較的よく分かるとしても、 やがて見かけ上終息させる要因について免疫だけでは説明できないことが難点である。

日本衛生動物学会幹事
日本ダニ学会会員 内川公人

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp

ホームへ戻る