The Topic of This Month Vol.22 No.8(No.258)


ブドウ球菌食中毒
(Vol.22 p 185-186)

わが国では1970年代〜1980年代前半にかけてブドウ球菌食中毒が多発したが、 その後徐々に減少し、 1990年代後半には、 事件数・患者数とも全細菌性食中毒に占める割合は2〜5%となり、 食中毒原因菌としての注目度が次第に低下してきた。ところが、 2000年6〜7月に大阪を中心に乳製品を原因とするブドウ球菌食中毒(以下雪印事件)が発生し、 その最終的な届出患者数は13,420人に及んだ。患者の規模では1988年に北海道で発生したサルモネラ食中毒事件(患者数10,476人)を上回り、 国内で戦後最大の食中毒事件となった。この事件の社会的影響は甚大で、 ブドウ球菌食中毒が依然として食品衛生上重要な毒素型食中毒であることが再認識されることとなった(本号4ページhttp://www.mhlw.go.jp/topics/0012/tp1220-2.html参照)。

ブドウ球菌はミクロコッカス科に属する芽胞を形成しないグラム陽性通性嫌気性の球菌で、 現在34菌種に分類されている。ブドウ球菌はヒトをはじめ、 各種動物の皮膚や気道上部、 腸管等の粘膜に常在菌叢として存在するため、 ヒトを取り巻く環境から広く分離され、 また、 食品を汚染する機会が多い。食中毒の原因菌種としては黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus )に限られている。食品中で増殖した黄色ブドウ球菌が耐熱性のエンテロトキシンを産生し、 ヒトがこの毒素を食品とともに摂取することにより発症する(エンテロトキシンについては、 本号3ページ参照)。黄色ブドウ球菌以外ではS. intermedius S. hyicus のごく一部の菌株もエンテロトキシンを産生することが知られているが、 実際の食中毒の原因となった事件は報告されていない。黄色ブドウ球菌は、 食塩濃度10%で良好に増殖し、 15%においても緩やかな増殖がみられるため、 食塩による増殖抑制はあまり期待できないが、 10℃以下では増殖が抑制されるので、 温度管理により菌の増殖を抑えることが可能である。

毒素型食中毒は、 サルモネラや腸炎ビブリオなどの感染型食中毒に比べ、 潜伏時間が短いのが特徴で、 通常、 喫食後1〜6時間程度で発症する。ブドウ球菌食中毒の症状は、 悪心・嘔吐を主徴とし、 下痢を伴う。ときに発熱がみられることがある。健常者が罹患した場合、 特別な治療を行わなくても症状は6時間〜24時間程度で回復し、 一般に予後は良好である。しかし、 重症例の場合には、 患者は医師の診断を受け適切な対症療法を受ける必要がある。

わが国の過去30年間のブドウ球菌食中毒事件数と患者数の年次推移を図1に示した。1984年までの事件数は毎年約200件前後で、 細菌性食中毒事件総数の25〜35%を占めていた。1985年以降、 事件数は急速に減少し、 1996年には50件を下回り、 細菌性食中毒総事件数に占める割合も5%以下となった。患者数は、 1970年代には年間8,000人を超える年もあったが、 1980年代には5,000人〜3,000人台へと緩やかに減少し、 1990年代になると1,000人以下の年もみられるようになった。しかし、 2000年は、 大規模な雪印事件の発生のために患者数が14,000を超えた。

1995〜1999年の原因食品は、 穀類および複合調理食品に分類されるものが多かった(図2)(本号7ページ8ページ9ページおよび本月報Vol.22、 No.2参照)。穀類に分類される原因食品としては、 “にぎりめし”が多い。原因施設別では、 飲食店に起因するものが最も多かった(図3)。家庭での発生は事件数では第2位であるが、 患者数では第4位に後退する。これは家庭では1事件あたりの患者数が少ないことによる。家庭で作られた“にぎりめし”を原因とする事件が多い傾向は以前からあまり変化していない。月別の食中毒事件数の推移からわかるように、 本食中毒は5月〜10月の気温の高い季節に集中して発生している(図4)。

ブドウ球菌食中毒は潜伏時間が短いため推定原因食品が確保されていることが多い。通常は原因食品中で菌が増殖しているため、 患者は食品中のエンテロトキシンと多数の生菌を同時に摂取している。そのため、 推定原因食品と患者検体(吐物、 便)の両者から黄色ブドウ球菌が分離され、 それら分離菌株のコアグラーゼ型、 ファージ型や毒素型等が一致することが本食中毒の原因食品との因果関係判定の重要な基準となる。しかし、 ブドウ球菌エンテロトキシンは耐熱性であるので、 食品が加熱殺菌されても毒素活性が保たれ、 食中毒の原因となることがある。この場合には、 疑われる食品や患者検体から生菌が分離出来ない。

2000年の雪印事件はまさにこの例であり、 原因食品および患者検体から黄色ブドウ球菌を分離することが困難であったため、 エンテロトキシンを直接検出する必要があった(本号4ページ7ページ参照)。通常、 エンテロトキシンの検出には、 市販の簡易・迅速診断試薬あるいはキットが利用されている(本号3ページ参照)。今までの食中毒事件の原因食品は当該キットの感度(0.2〜2ng/ml)以上の濃度のエンテロトキシンで汚染されており、 これを直接検出することが可能であったが、 雪印事件では検体を適当な方法で処理し、 濃縮することによってはじめてエンテロトキシンが検出できた(本号6ページ参照)。

従来のブドウ球菌食中毒と比べると、 雪印事件には以下の特徴があった。

 1.患者数が13,420人と大規模であった。
 2.原因食品が「低脂肪乳」等の加工乳および乳飲料であった。
 3.原因食品から菌は分離できず、 低濃度のエンテロトキシン(0.05〜1.6ng/ml)のみが検出された。
 4.原因食品の原料に使用された脱脂粉乳からエンテロトキシン(4ng/g)が検出された。
 5.脱脂粉乳の製造過程に停電による温度管理の不備があった。

以上から、 従来の菌の検出を中心とした検出法の見直し、 より高感度なエンテロトキシン検出法の確立という具体的な問題点と、 このような事件の再発防止対策の必要性が示された。

他の細菌性食中毒の発生数があまり変化していない中で、 1980年代中頃からブドウ球菌食中毒が目立って減少したのは、 食品製造者、 食品販売者、 食品衛生関係者などの努力によるもので、 特に、 食品取り扱い時の手袋着用の徹底と調理後の温度管理が良好に行われた結果と考えられてきた。

しかし、 今回の雪印事件を機に厚生労働省(当時厚生省)は2000年11月6日に、 「総合衛生管理製造過程(HACCP)承認制度実施要領の改訂について(生衛発第1634号)」を都道府県知事等宛てに通知し(http://www1.mhlw.go.jp/topics/kaitei/tp1106-1_13.html)、 さらなる衛生管理の徹底を促した。

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