海外旅行後の赤痢患者について
(Vol.22 p 83-83)

はじめに:2000(平成12)年7月27日〜8月3日にかけて、中華人民共和国(北京)へ演奏旅行に行った大学生のグループ23人中11人が腹痛などの症状を訴え、帰国後当院外来を受診した。7名より糞便が採取され培養を実施したところ、うち4名からShigella sonnei I相菌を検出したため、2類感染症として8月7日、所轄保健所に届け出を行った。

発症と経過:2000年7月27日に日本を空路で出発し、同日夕北京に到着、全員A飯店に投宿した。その時点では体調異常を訴えた者は認めなかった。同夕、同ホテル迎賓館において中国側主催の晩餐会が催され、全員がバイキング形式の中華料理を摂った。翌日夕3〜4名が、また翌々日昼には10名前後が腹痛や嘔吐を訴えた。症状は2名がやや重く、倦怠感、悪寒、嘔気あるいは嘔吐、下腹部痛、および4〜5回の下痢を訴えたが、他の者は2〜3回の下痢程度であり、患者の一人が日本から持参した市販の整腸薬を服用しただけで特に抗菌薬等の治療を行わず放置されていた。なお、便性は1名が少量の出血を見たが、他は水様ないし泥状便であった。発症した者と発症しなかった者の間に外食を含め異なった摂食条件は無かったが、強いて言えば晩餐に出されたキムチ等を好んで喫食した者に発症者が多かったようであった。その後一行は北京、敦煌および蘭州などを歴訪し演奏を続けたが、強行日程のうえ天候不順や気温変化等の悪条件も影響してか、下痢の持続のほか腹痛や発熱を訴えるものが出たが、予定したスケジュールをこなし、8月3日夕帰国した。

受診時の患者所見:演奏旅行に参加した23名中11名が、8月3〜4日に当院外来を受診した。11名の主訴は腹痛と下痢であったが、強く下腹部痛を訴えた1名を除き症状はいずれも軽く、糞便が採取できた7名について細菌検査を行い、その後レボフロキサシン(LVFX)が投与され、外来通院による経過観察とされた。強く下腹部痛を訴えた1名は最高39.3℃の発熱を伴ったため即日入院となり、輸液、整腸剤、LVFXおよび鎮痛剤が投与された。翌5日には解熱し、腹痛等の症状も改善したため7日退院となった。なお、外来において治療後経過観察した他の10名は、4〜7日間のLVFXの服用により症状の改善が見られ、全員治癒と判断された。

細菌検査結果:検査は海外旅行後の患者であることを念頭に置き、本邦における通常の胃腸炎起炎菌の他にコレラ菌、赤痢アメーバおよびランブル鞭毛虫等も検索対象とした。その結果、採取し得た7名中4名の糞便よりS. sonnei I相菌を検出した。検出菌の同定および薬剤感受性検査はMicroScan WalkAwayTM-40(Dade Behring)でNeg BP Combo 3Jを用い実施した。その結果、セファロチン 8μg/mlに感受性の異なる2種のバイオタイプ(41001010:1株および41001012:3株)に分かれたが、いずれもS. sonnei と同定された。薬剤感受性結果はいずれの株もアンピシリン、ミノサイクリン、クロラムフェニコール、ホスホマイシンおよびLVFXに感受性を示したが、スルファメトキサゾール/トリメトプリム合剤には耐性を示した。

考察:1999(平成11)年に施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の最大の特徴は、それまで法定伝染病患者に対して行われた「強制隔離」を解き、患者自身の意思で入院等の選択が可能となった点であろう。しかしその結果、伝染病は野放し状態となる危険性も高まり、外来性伝染病の国内蔓延が懸念されるところである。今回の事例でも明らかなとおり、水際における渡航者の申告に頼った検疫体制には限界があり、市中医療機関における発見がこれまで以上に重要となってきた。今日、病院における感染症検査室の充実は、外来性伝染病の蔓延を防ぐ鍵として、極めて重要な役割を課せられたと言って過言ではない。

天理よろづ相談所病院(院長:奥村秀弘)
島川宏一 相原雅典 松尾収二

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