The Topic of This Month Vol.22 No.3(No.253)


腸チフス・パラチフス 1997〜2000
(Vol.22 p 55-56)

腸チフス・パラチフスは、それぞれチフス菌(Salmonella Typhi)、パラチフスA菌(S. Paratyphi A)の感染によって起こる全身性疾患である。従来、法定伝染病として届け出が義務づけられており、1999年4月施行の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)でも、2類感染症に位置づけられている。患者、疑似症患者および無症状病原体保有者(保菌者)を診断した医師は速やかに最寄りの保健所を通じて都道府県知事に届けなければならない。都道府県衛生部は、厚生労働省に発生を報告すると同時に、ファージ型等による菌株の解析結果を流行の制御および保菌者対策に利用するため、患者・保菌者から分離された菌株を国立感染症研究所(感染研)に送付することが義務づけられている(昭和41年衛発第788号、衛防第60号、平成11年健医感発第44号)。なお、チフス菌、パラチフスA菌以外にもまれにヒトにチフス様症状を起こすことのあるサルモネラ属菌(S. Sendai、S. Paratyphi B、S. Paratyphi C)もあるが、これらはサルモネラ症として扱われる。

感染症法施行後の患者届け出は、1999年4〜12月に腸チフス66例、パラチフス24例、2000年1〜12月に腸チフス82例、パラチフス19例であった。腸チフス計148例中108例(73%)、パラチフス計43例中31例(72%)は国外での感染が推定され、感染者は従来通り20代男性が最も多い(図1)。腸チフス58例、パラチフス18例はインド亜大陸が感染地と推定されている。

感染研細菌部では、送付菌株のファージ型、薬剤感受性試験を行い、その結果を都道府県へ還元している。菌株送付書および送付菌株から得られた情報を解析すると、特徴的なことは、近年腸チフスの発生総数が減少するとともに、相対的に海外輸入例の割合が増加していることである。1997年1月〜2000年12月までの発生状況ををみると、腸チフス発生数(患者・保菌者を合わせた総数)は1997年76件、1998年61件、1999年86件、2000年51件である。パラチフスは1997年36件、1998年49件、1999年28件、2000年13件であった(表1)。感染症法施行後に感染研に送付された菌株数が患者届け出件数より少ないのは、都道府県への届け出には疑似症患者も含まれており、さらに感染研に菌株が送付されない場合があるためである。

図2に1990年1月〜2000年12月の月別発生数を示す。発生数は、腸チフス・パラチフスともに春〜夏にかけて多い傾向にある。1998年4〜5月にパラチフスの国内発生例が増加したが、これは千葉県で集団発生があったためであり(本月報Vol.20、No.7参照)、1週間程の期間にある飲食店で食事をした客のうち、有症者26人中19人からパラチフスA菌が分離された。分離されたパラチフスA菌はすべてがファージ型4で一致し、かつパルスフィールド・ゲル電気泳動による解析でも全株が同一パターンを示したことから、患者から分離された19株は同一の感染源に由来すると考えられた。しかし、種々の調査が行われたが、最終的に感染源は特定されなかった。

表2にチフス菌、表3にパラチフスA菌のファージ型別の結果を示した。チフス菌ではD2、E1、M1が多く、1999年、2000年には特にE1の割合が高くなっていた。パラチフスA菌では従来と同じく1、4型が多かった。

多剤耐性チフス菌はインド亜大陸、中央アジア、東南アジアで現在も流行し、時に集団発生を起こしている。これらの多剤耐性チフス菌のファージ型はE1、UVSが多い。わが国でもインド亜大陸、タイへの渡航歴のある者からアンピシリン(ABPC)、クロラムフェニコール(CP)、テトラサイクリン(TC)、ストレプトマイシン(SM)、スルファメトキサゾール/トリメトプリム(ST)の5剤に耐性を持つ多剤耐性チフス菌が分離されている(表4)。パラチフスA菌においては多剤耐性菌はほとんどみられないが、CP、SM、STなど1種類の薬剤だけに耐性の株が増加してきている。

従来、腸チフス、パラチフスはCP、 ABPC、 STのいずれかの抗菌薬の投与による治療が行われてきた。多剤耐性菌の増加に伴い、従来の抗菌薬は効果が期待されなくなったため、ニューキノロン剤が使用されるようになり、現在では腸チフス・パラチフスの治療の第1選択薬となっている。しかし、1995年頃よりニューキノロン剤に耐性を持つ株の存在が外国で多数報告されるようになるにつれ、日本国内でもニューキノロン剤に対する感受性が低下したチフス菌やパラチフスA菌(ニューキノロン低感受性株)がすでに分離されてきている。臨床的にも、ニューキノロン剤を投与しても速やかに解熱しない感染例が国内ですでにいくつか報告されている。ニューキノロン低感受性株とは、シプロフロキサシン(CPFX)のMIC値が0.125〜4.0μg/mlの株で、感受性試験では“感受性”と判定されてしまうが(>=4μg/mlが耐性とされている)、臨床的には治療効果がみられないため、気付かれるケースが多い。感染研細菌部の調査によるとニューキノロン低感受性チフス菌、パラチフスA菌は1998〜2000年にかけて急激に増加している。1997年には全チス菌分離株中に占める低感受性菌の割合は10%であったのに対し、1999年では32%、2000年では49%に増加してきた(図3)。これらの株のほとんどはインドへの渡航歴のある人から分離されている。幸いそれらの中に第3世代セフェム系薬剤に対する低感受性菌は見られていない。ニューキノロン低感受性チフス菌、パラチフスA菌は、ますます増加することが予想されるので、今後の薬剤感受性の変化をきびしく監視する必要がある(本号3ページ参照)。このためにはこれまで以上に患者からの菌の分離が重要である。

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