横浜市立大学医学部皮膚科におけるハンセン病のPCR検査
(Vol.22 p 4-5)

横浜市立大学医学部皮膚科では、Mycobacterium lepraeを検出するPCR検査を実施している。1999年1月〜2000年11月までの約2年間に他施設から依頼された27症例の検査結果を示す。

用いたPCRについて:当科では独自に設定したプライマーによるPCRを行っている。プライマーは、M. leprae の熱ショック蛋白70をコードする遺伝子領域内で、他の生物との相同性の低いアミノ酸配列をコードする遺伝子配列に設定した。そして、このプライマーは結核菌やヒトDNAからDNA増幅が全くみられず、感度と特異性が良好で、実際にハンセン病患者からM. leprae を高感度に検出することが確認された(SugitaY. et al. Eur. J. Dermatol. 6;423-426,1996)。

PCR検査の臨床材料は、組織、血液、組織液などで、組織はさらに、生組織、凍結組織、ホルマリン固定組織、パラフィン包埋組織切片などの様々な状態で検査が依頼される。検査に最も適切な検体は、皮疹部の皮膚組織を採取後に凍結したものであるが、M. leprae の検出の場合、短時間の輸送や保存は常温でも大きな影響はないと考えている。また、パラフィン包埋組織の検体については、パラフィンにPCRの阻害物質が含まれるため偽陰性の確率が高くなることをふまえて検査を行っている。PCRの検査結果は診断のための状況証拠の一つとして扱い、最終的な診断は他の所見とあわせて依頼元の施設で総合的に判断することをお願いしている。

1999年1月〜2000年11月までの検査状況:1999年1月〜2000年11月までの約2年間で依頼のあった27症例の結果を表1に示す。最終的にハンセン病と診断されたものは10症例である。

 (1) 抗酸菌染色陰性で、PCR陽性の場合(27症例中4症例):皮疹部組織の抗酸菌染色陰性のハンセン病症例は概して皮疹が少なく、臨床所見からは確定診断が困難であることが多い。このような症例ではPCRで菌が検出されることが大きな診断根拠となるが、PCRのコンタミネーションの可能性を完全に否定することが必要である。また、PCRの感度は極めて高いため、家族内に多量の菌を排菌している患者がいた発展途上国出身の外国人症例など、菌の暴露を強く受けていた場合では、血液のPCRで陽性を示す可能性も完全には否定できないと思われる。このような場合は熟練した臨床医による総合的な判断によって診断されるべきである。

 (2) 抗酸菌染色陽性で、PCR陽性の場合(27症例中5症例):皮疹部組織の抗酸菌染色陽性のハンセン病症例は、ほとんどの症例でハンセン病として矛盾しない皮疹と神経学的所見があるため、PCRを行わなくても診断は可能なことが多い。しかし、抗酸菌染色が陽性であっても臨床所見がハンセン病として典型的でない場合は、皮膚結核や皮膚の非結核性抗酸菌症との鑑別にPCRが有用である。すなわち、形態学的に抗酸菌と確認された菌が、遺伝子レベルでM. leprae であるかどうかを確認することができる。ただし、このPCRのプライマーは、M. leprae 以外の主な抗酸菌では標的DNAの増幅がみられないことを確認してあるが、あらゆる抗酸菌をすべて確認しているわけではないので、他の抗酸菌による標的DNAと近似のDNA増幅がありうることも考慮する必要がある。

 (3) 抗酸菌染色陰性または未実施で、PCR陰性の場合(27症例中15症例):ハンセン病を鑑別診断する皮膚症状または病理所見を示すが、実際にはハンセン病ではない症例が大部分を占めていると考えられる。抗酸菌染色よりも高感度な菌の検出法としてPCR検査が依頼される例が多い。厳密には少菌型ハンセン病ではPCRが陰性になる可能性を否定できないが、皮疹の性状からは多菌型ハンセン病の可能性が考えられる症例ならば、PCR陰性によってハンセン病を否定する大きな根拠となる。

 (4) 抗酸菌染色陽性で、PCR陰性の場合(27症例中3症例):このような症例は皮膚の非結核性抗酸菌症などが考えられるが、通常は臨床症状でハンセン病とは考えにくいことが多い。抗酸菌染色で確認された菌が、遺伝子レベルではM. leprae ではないことを確定するためにPCRは有用だが、PCRの偽陰性を否定する必要がある。

横浜市立大学医学部皮膚科学教室 杉田泰之
国立感染症研究所 石井則久
横浜市アレルギーセンター 中嶋 弘

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