1999年10月中国青海省で野生ポリオが発生
(Vol. 21 p 216-217)

中国において土着の野生ポリオウイルスによる小児麻痺(ポリオ)は1994年の6例(福建省4例、湖北省1例、新彊ウイグル族自治区1例)が最後である。また、1995年および1996年にはミャンマー北東部(シャン州)から雲南省徳宏地区へ患者の輸入(4例)があったが、その後、3年以上にわたってポリオ患者は発見されていなかった。しかし、1999年10月中旬、北西地域の青海省において患者が発見され、ポリオ根絶宣言を控えたWHO西太平洋地域に衝撃を与えたが、幸い大事にはいたらなかった。この症例の概要とポリオ発生の背景、とられた対策等について述べる。

症例は1歳4カ月の撒拉(サラ)族の小児であり、患児の居住地は青海省東部にある循化サラ族自治県である。この県では人口約10万のうちサラ族を含めイスラム教徒が60%、チベット族が23%を占める。この地域のポリオワクチン(OPV)の接種状況は不良である(定期3回服用率約60%)。患児および家族ともチベット、インドあるいはパキスタンなどポリオ常在地への旅行歴はない。発病約2週前、近郊でサラ族の祭典があり、それに参加したという。患児はOPVを服用していない。1999年10月11日発熱に伴い右下肢に弛緩性麻痺が出現した。患児および4歳従兄弟(接触者)の便検体から1型ポリオウイルスが分離された。また、分離株は国家ポリオ実験室において、PCR-RFLPと塩基配列解析による型内鑑別がなされ、2株は全く同一のウイルスであり、ともに野生ポリオウイルスと同定された。わが国の国立感染症研究所においてさらにVP1領域(N末から300塩基対)で中国の過去に流行した野生株ポリオと比較した結果、それとの相同性は80%と低いが、インドおよびミャンマーのウイルス群と相同性が高く、92%となった。また、米国CDCでVP1/2A領域の150塩基対を分析した結果も、インドで分離された1998年の株との相同性が最も高く、98%であったという。これらのことから、この患者はインドから輸入された野生ウイルスに感染したものとほぼ断定された。しかし、正確なウイルスの起源はまだ同定には至っておらず、米国CDCが1999年にインド北部地域で分離されたウイルス株を中心に、より相同性の高いウイルスを検索中である。

患児のウイルスが野生1型ポリオウイルスと最終的に診断されたのは11月末である。12月21日および1月21日には、青海省、隣接する甘粛省の各々6地区および寧夏自治区において、いわゆる“mopping-up”方式、即ち、一軒一軒家庭を訪問することによるOPV の一斉投与が行われた。対象年齢層は通常の3歳〜8歳までに拡大された。3月にはこれら3省の他にチベット自治区、新彊ウイグル族自治区も含め、合計12の省で再度“mopping-up”が行われた。4月にもさらに1ラウンド行われた。また、“mopping-up”に際しては、未報告の急性弛緩性麻痺(AFP)患者の有無にも注意が払われた。一方、現行のサベーランスを補強する形で、青海省、甘粛省および寧夏回族自治区の主要な病院においてAFP症例の報告漏れ調査も行われた。実験室診断の不充分な患者に関しては神経学的診察もなされた。そして、これらの結果からは、大きなポリオ流行が存在したという証拠は得られなかった。

地理的に広大な青海省は予防接種活動の困難な地域である。これに加えて回族やサラ族を中心として流動人口も多く、これらは予防接種サービスから漏れやすい傾向にある。12月、1月の“mopping-up”の直後、各省においてカバー率調査(主に路上やマーケットでのインタビュー調査)が行われ、極めて高いカバー率が判明したが、同時に、少数民族、特にイスラム教徒の回族(商人や流動人口が多い)はワクチン服用が不充分なことも明らかとなった。これらの少数民族は宗教上の理由でワクチンを口に入れたがらないという指摘もあった。いずれにせよ、これらイスラム教徒は、青海省に広く存在するチベット族、漢族に比し免疫的空白になりやすい集団といえる。

今回ポリオウイルスがどのような経路で患者発生の県に達したか明らかではない。しかし、ウイルスの入り口と考えられるネパール国境地域はチベットの省都拉薩(ラサ)市を中継地点として、幹線道路により患者発生のあった循化サラ族自治県に繋がっており、ネパール国境地域から侵入したポリオウイルスは青海省へ至るこの唯一の主要幹線道路沿いに、感受性者を介して運ばれた可能性が高い。この場合、感染の伝播は定住している漢族や少数民族チベット族よりも、これら回族、サラ族に比較的限局した形で起きていた可能性も考えられるが、その詳細は推測の域を出ない。

中国におけるこの輸入野生ポリオの発見は、ウイルス伝播の遮断された国や地域においても、地球規模でポリオ根絶が達成されるまで免疫プログラム、ウイルスサ−ベイランスを維持することの必要性を改めて示唆している。輸出元となったインドでは1999年も1,000例を超す患者から野生株ポリオウイルスが分離され、また、インドと中国の間に位置するネパールにおいても2例の野生ポリオが発見された。また、パキスタンでも患者の発生が続いている。これらの国々は歴史的にもポリオ輸出国として知られており、国境を越えてポリオウイルスが伝播する危険性は常に存在している。

国立国際医療センター国際医療協力局 千葉靖男

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp

ホームへ戻る