The Topic of This Month Vol.21No.6(No.244)


輸入感染症としてのデング熱

ヒトはデングウイルスを保有するネッタイシマカやヒトスジシマカの刺咬によりデングウイルスに感染する。単に発熱のみを症状として終わる場合もあるが、典型的な症状を示す場合、デング熱とデング出血熱と呼ばれる2つの異なる病態を示す(本号3ページ参照)。

デング熱は1942〜1945年にかけて西日本において流行したことが報告されている(堀田、Med. Entomol. Zool. Vol.49 No.4 p.267-274,1998)。流行は1942年7月長崎市において始まり、続いて佐世保、広島、呉、神戸、大阪などの諸都市においても発生した。発生時期からみて、1942年の各地域での流行はそれぞれ独立して起こったと推察される。ウイルスは東南アジアから帰国した軍用船の乗組員中のデング熱罹患者によって国内にもたらされ、各都市で大量に発生していた土着のヒトスジシマカにより流行が引き起こされた可能性が高い。ただし、当時船中にネッタイシマカの存在が確認されている。流行が複数年継続した理由については、1)ウイルスが毎年海外からもたらされた可能性、2)ウイルスがヒトスジシマカで経卵伝達されて越冬した可能性、のいずれも考えられるが不明である。患者総数は20万人を下らないと推察されている(Hotta S.,J. Trop. Med. Hyg. Vol.56, p.83, 1953)。本流行はデングウイルス1型によるものであった。長崎の患者の血液よりデングウイルス1型が分離されており、また、後の検査で当時の長崎の患者にデングウイルス1型に対する中和抗体が確認されている。

現在、日本国内にはデングウイルスは常在せず、従って、国内感染によるデング熱の発生はない。しかし、デングウイルスが常在する熱帯・亜熱帯地域への旅行中にデングウイルスに感染し、帰国後発症する輸入例が存在する。これまで、国内でデングウイルス感染の病原診断(詳細は本号3ページ参照)を継続的に行ってきた施設は限られており、輸入感染症としてのデング熱患者数も各施設において独自に記録されているものがあるのみである(本号5ページ参照)。国立感染症研究所(感染研)ウイルス第一部において、デングウイルス感染と病原診断された例数は表1のとおりである。1985〜1989年までは年間5人未満であったが、1990年以降は患者数10人以上の年が多い。特に1998年は40人以上の患者数であったことが注目される。なお、1992〜1999年にPCR 法により感染した型が確定された26例についてみると、1型9人(35%)、2型11人(42%)、3型4人(15%)、4型2人(8%)であった。大阪府立公衆衛生研究所、長崎大学熱帯医学研究所において病原診断された例数は、前者においては1994年以降年10人未満、後者においても1996年以降年10人未満である。これらはいずれも臨床医がデングウイルス感染を疑い検体を送付したものであるが、日本全体のデングウイルス感染者のごく一部と思われる。

1985〜1999年に感染研においてデングウイルス感染と診断された患者が発症前に訪問した国は25カ国であった(表2)。多い国としてはタイ65例、インド27例、フィリピン26例、インドネシア18例、マレーシア8例、ミャンマー8例、カンボジア7例、シンガポール7例で、アジア諸国が圧倒的に多く96%を占めていた(ただし複数の国を旅行している例があり、延べ人数は患者総数より多くなる)。東南アジア、南アジア諸国においても1990年代に入りデング熱・デング出血熱患者数は増加傾向にある。また、台湾においても 1,000人を超える患者発生が報告されている(表3)。さらにオセアニア・南太平洋、中米、アフリカの国々を訪問中に感染した例が近年みられることも注目される(表2)。渡航先の多様化と、中米、南太平洋でのデングウイルス感染の拡大がその背後にあるのであろう(Pinheiro et al., Wld. Hlth. Statist., Quart., Vol.50,p.161, 1997)。以上のデータから、東南アジア、南アジア諸国からの帰国者、入国者の熱性疾患の場合はデング熱を常に鑑別診断に入れるべきであるが、オセアニア、南太平洋、中南米、アフリカ等他の熱帯・亜熱帯地域の国を旅行した後に発症した熱性疾患においてもデング熱の可能性を考えておくべきである。

1996〜1999年の4年間に感染研においてデングウイルス感染と診断された74例の性別は男性53名、女性21名であった(表4)。デングウイルスに対する感受性に男女差があるとは考えられていないので、女性に比べ男性の方がデングウイルス侵淫地域に出かけ、ウイルスに暴露される機会が多いのであろう。年齢分布は20代が約半分を占め、10代、30代、40代がそれぞれ13、21、13%を占めていた(図1)。

現在、国内でのデングウイルス感染の報告は無い。しかし、媒介蚊であるヒトスジシマカは存在している。国内に存在しないネッタイシマカも航空機や船舶により一時的に侵入し、生息する可能性もある。1940年代にデング熱が流行した事実からしても、これらの蚊が患者からウイルスを媒介し、国内感染を起こす可能性は十分考えておくべきである。

1999年4月に施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」において、デング熱は全臨床医に届出の義務がある4類感染症として位置付けられた。1999年9例、2000年は5月28日現在2例が報告されている。

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