肥育牛における腸管出血性大腸菌O157の感染発症事例
(Vol. 21 p 96-97)

牛は腸管出血性大腸菌(EHEC)O157の感染源として注目されているが、それは保菌動物としての位置づけであり、EHEC O157の牛に対する病原性はほとんどないとされてきた。しかし、今回我々は、肥育牛の食肉衛生検査においてEHEC O157:H7およびコクシジウム(Eimeria)の感染が原因と思われる出血性腸炎の症例を経験したので、その概要を報告する。

本症例が認められた牛は去勢、2歳のF1(ホルスタイン♀×黒毛和種♂の交雑種)の肥育牛で、生産地は神奈川県であった。当該牛は出荷の4〜5日前から下痢があり症状が改善しないため、その旨を明らかにした上で食肉センターに出荷された。出荷前に獣医師の診察、治療は受けていない。と殺前の生体検査では体温37.9℃で、動作緩慢、脱水、泥状血様便による肛門周囲の汚れが認められた。血液検査の結果は、尿素窒素170mg/dl、クレアチニン22.1mg/dl、赤血球数1,249万/mm3、白血球数2,850/mm3、ヘマトクリット値55%で尿毒症および脱水が疑われた。便の潜血反応(オルトトリジン法、グアヤック法)は強陽性であった。

剖検では、直腸便は赤褐色泥状で強い腐敗臭を放っており、腸管粘膜で軽度の出血がみられたがその他の病的変化は乏しかった。腎臓は、強い尿臭が認められた。膀胱は微小球状の結石が貯留し、広範囲の強い出血と水腫が認められた。

病理組織学的には、空回腸から直腸で軽度のカタル性腸炎とコクシジウムの寄生、粘膜固有層を中心とした微細な出血が認められたが、HE染色ではAE病変は不明瞭であった。しかし、これらの組織におけるO157抗血清を用いた免疫組織化学的検査ではEHEC O157が上皮細胞にAE様に付着している像が限局した部位で認められた。腎臓では糸球体が軽微に腫大しており、尿細管上皮細胞の剥離が散見されたが全体的に病的変化は少なく、ヒトのHUSで観察されるという所見は認められなかった。膀胱では、固有層から筋層に至る広範囲な水腫と出血が認められた。

細菌学的検査で便からEHEC O157:H7が分離され、その菌量は4×107CFU/gに達していた。マッコンキー寒天培地などの選択培地上に発育した大腸菌のうち約30〜40%をEHEC O157:H7が占めており、CT-SMAC寒天培地で発育した集落はほとんどすべてEHEC O157:H7であった。分離株のMUGとソルビトールは陰性で、RPLAによりStx2の産生が確認され、PCRによりstx2 eaeA 遺伝子が検出された。また、ELISAによって便から直接Stxを検出することができたが、血清および腹水からは検出できなかった。しかし、細胞接種試験において血清はVero細胞毒性を示した。便からのウイルス分離は陰性であった。

これまでの種々の調査報告によると、牛の糞便からはEHEC O157が数%の割合で分離されるが、通常発症はせず、その菌量も100CFU/g以下と少量で、いわゆる健康保菌牛として存在していると考えられている。今回の症例では臨床症状と剖検所見に加え、腸管内におけるEHEC O157:H7の増殖と粘膜上皮への付着およびStx産生が確認されたため、EHEC O157:H7の感染発症があったものと考えられた。しかし、同時にコクシジウムの混合感染が認められ、EHEC O157:H7の感染像も限局的であったことから、単独での牛に対する下痢原性については今後検討の余地がある。また、尿毒症を併発していたことから、Stxによる腎障害を疑ったが、ヒトでみられるHUSと同様の病態は確認できなかった。

牛のEHEC O157:H7の自然感染と思われる事例が確認されたことは、公衆衛生上のみならず家畜衛生上も問題となるおそれがある。今回の症例は、と畜場法に基づき、尿毒症として全部廃棄処分とした。また、自然環境への汚染の拡大および二次感染防止のため、食肉センターの施設、器具器材の消毒およびそれらの細菌検査を緊急に実施するとともに、公衆衛生、家畜衛生関係部局に情報提供を行い、生産者とその家族の健康状態の把握、同居牛の細菌検査、水源や堆肥の安全確認などを実施した。発症牛を出荷した同一農家で飼育されていた41頭中6頭の牛からEHEC O157:H7が分離されたが、生産者など人への感染は認められなかった。発症牛および同一牛舎で肥育された健康な同居牛3頭からの分離株計4株をPFGE法により解析した。それらのXba I切断パターンはすべて同一であった()。

本事例の調査には、農林水産省家畜衛生試験場感染病理研究室の播谷亮室長、神奈川県家畜病性鑑定所の協力を得た。

神奈川県食肉衛生検査所 久島昌平 高橋徳行 五味 純 福馬幸哉
神奈川県衛生研究所 細菌病理部
国立感染症研究所 寺嶋 淳 渡辺治雄

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