B型肝炎母子感染防止事業開始後に出生した小児のHBVキャリアー率

B型肝炎ウイルス(HBV)感染疫学における大きな特徴は、無症候性ウイルス保有者(キャリアー)が存在すること、そしてこのキャリアーの成立がほとんど乳幼児期の感染に限られることである。乳幼児期のHBVの感染は、その社会の衛生環境状況により大きく異なり、近年のわが国のごとく衛生環境が整った社会では母子感染の比重が高い。

HBs抗原が発見され肝炎との関係が明らかになると間もなく、日本赤十字社輸血センターは積極的に献血血液のスクリーニングを進め、近年ではHBc抗体の検査を行うようになって、輸血後B型肝炎はほぼ制圧された。そして医療器材のディスポ化も早くから行われ、この結果として医療に関連したと考えられるHBVの感染は激減した。したがって乳幼児に対するHBVの水平感染も現在のわが国ではほとんどなくなったと考えられる。

日本肝臓学会「肝がん白書」の吉澤の報告(1)によると1995年度の日赤血液センター初回供血者のHBs抗原陽性率は若年者で低く、年齢が進むとともに高率となる。すなわち16〜19歳では0.44%と既にかなり低率であるが、年齢とともに高率となり40〜49歳では1.46%であった。これらの人々が生まれた時期にはHBV母子感染防止はまだ行われておらず、これら年齢によるキャリアー率の差は主として乳幼児期の水平感染の頻度の差によるものと考えられている。

妊婦がHBVキャリアーである場合、わが国では約25%の出生児がHBVキャリアーになるが、これには妊婦のHBe抗原、HBe抗体が関係していることは周知のごとくである。すなわち妊婦がHBe抗原陽性のHBVキャリアーであると生まれた児のおおよそ85%がキャリアーになるのに対し、妊婦がHBe抗体陽性のHBVキャリアーであると生まれた児がHBVキャリアーになることは極めて稀であるが、6〜8%の児は急性肝炎、時に劇症肝炎を発症する(2)。したがってHBVキャリアーの発生を防止するという目的には、HBe抗原陽性HBVキャリアーである妊婦からの出生児に対する感染防止が費用便益的見地から最も効果的である。

厚生省は1985年6月からB型肝炎母子感染防止事業を開始し、全国の妊婦のHBs抗原検査を公費で行い、これが陽性の場合にはHBe抗原検査を行った。そして1986年1月1日以降、HBe抗原陽性HBs抗原陽性妊婦から出生した児に対して感染防御処置が公費で行われてきた。当時のHBワクチンは血漿由来であり、その抗体産生が現在の遺伝子組換えHBワクチンほど良くなかった点や、出生直後の新生児にHBワクチン接種することの安全性を危惧する声もあり、HBワクチン接種開始は生後2ないし3カ月とされ、その後1カ月、3カ月の計3回の接種が決まった。そして出生時と生後2カ月にHBIGを投与するというプロトコールが設定され、その後も用いられてきている。これは児のHBVキャリアー化阻止に極めて効果の高いプロトコールであったが、現在諸外国で行われているプロトコールとはかなり異なったユニークなものである。本事業の結果、母子感染によるHBVキャリアー率は事業開始前の0.26%から(3)、事業開始9年後には0.024%と10分の1に低下したものと推算されている(4)。近年の学童、生徒のHBs抗原検査の結果は、出生年別にみるとこの推算値に一致しており、わが国では出生後の感染でHBVキャリアーになることが極めて少ないことが示唆される。

岩手県予防衛生協会(大石、小山ら)が県下の小学生について毎年行っている調査によると、小学校4年生のHBs抗原陽性率は、1978年生まれの児では0.94%であったものが、県内で部分的に感染防止処置の治験が行われた1981〜1985年生まれの学童では0.47%〜0.16%、厚生省事業による感染防止処置が始まった以降に生まれた学童では、期待値どおり出生年1986〜1989年別にそれぞれ0.04%、0.06%、0.03%、0.03%にまで低下したことが明らかとなった(4)。

静岡県で能登らが行っている調査(4)によると小学校5、6年生のHBs抗原陽性率は1986〜1993年はおおよそ0.3%前後で推移していた。厚生省B型肝炎母子感染防止事業による感染防止処置が開始された1986年以降の出生児が調査対象となった1997年、1998年では、学童17,189人中HBs抗原陽性者は5人(0.03%)で、明らかに低下していた。B型肝炎ウイルス暴露率も事業開始前にくらべ明らかに低下していた(4)。

このようにわが国の厚生省B型肝炎母子感染防止事業はHBVキャリアーの新規発生の抑制に大きな効果を示したが、HBe抗体陽性キャリアー妊婦からの出生児の一部に急性肝炎、劇症肝炎が発症することが明らかとなり、これに対しても感染防止をすべきであると考えられ、1995年4月、この事業の見直しが行われた。すなわち感染防止対象をHBe抗原陽性陰性にかかわらず、すべてのHBs抗原陽性妊婦からの出生児に拡大するとともに、妊婦のHBs抗原スクリーニングを除いて、すべての検査、処置が健康保険適応に移管された(HBs抗原検査はB型肝炎母子感染防止事業による給付対象)(5)。この結果、HBV母子感染防止は一般医療の中に組み込まれたわけであるが、そのために実施率が低下することが危惧されており、さらなるPRが必要と考えられる。

 文 献
1)吉澤浩司、「肝がん白書」(日本肝臓学会編):23-32、1999
2)K. Shiraki et al., J. Pediat. 97:768-770,1980
3)K. Shiraki, Viral Hepatitis and Liver Disease. Tokyo: Springer-Verlag Tokyo Inc, 530-532,1994
4)白木和夫、厚生省子ども家庭総合研究事業「後障害防止に向けた新生児医療のあり方に関する研究」分担研究、平成11年度研究報告書、2000
5)白木和夫、日本小児科学会誌、 99:1075-1078,1995

鳥取大学名誉教授 白木和夫

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