The Topic of This Month Vol.21No.3(No.241)


ボツリヌス症

ボツリヌス症は、ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)が産生する毒素によって神経麻痺症状が発現する疾患である。毒素の型にはA〜G型があり、ヒトの中毒はA、B、E、F型による。本菌は嫌気性菌で、耐熱性の芽胞を形成して土壌中に存在する。ボツリヌス症はいわゆる食中毒としての食餌性ボツリヌス症、乳児ボツリヌス症、創傷性ボツリヌス症等に分類される(本号3ページ参照)。本特集では、わが国における食餌性ボツリヌス症と乳児ボツリヌス症について、前者は厚生省食品保健課「食中毒統計」に基づき、後者は文献報告などから確認された症例をまとめた。

食餌性ボツリヌス症:食品がボツリヌス菌の芽胞に汚染され、低酸素状態に置かれた時、菌が増殖して毒素を産生する。その毒素汚染食品を食べて発病する。本症は、1951年に北海道で明らかにされて以来、自家製の「いずし」あるいはこれに類似する魚類の発酵食品を原因食品とし、主に北海道、青森などの北日本に限局して発生する傾向がみられ、毎年数例の報告が続いていた。毒素型はE型が主で、現在では数は少なくなってきたが、なお発生している。

本症は食品衛生法に基づくボツリヌス食中毒として発生届け出が行われている。1955〜1998年までのボツリヌス菌による食中毒事件は、86件発生している。図1に年別の発生状況を示した。毒素型はA型6件、B型3件、型別不明1件で、残り76件はE型によると考えられる。圧倒的にE型毒素産生菌による事例が多いが、1事例当たりの患者数は少ない。本症の患者数は合計351名、うち死者68名で、致死率は、19%である。毒素型による内訳は、E型263名(死者53名)、A型45名(12名)、B型42名(3名)、型別不明1名(0名)である。

表1および図2に1977〜1998年に発生した事例を示す。北海道・東北以外における地域で発生した事例は、主に市販食品が原因食になっており、E型以外の型を原因とすることが多い。1969年に宮崎県で発生した西ドイツ産キャビアによる食中毒事件はB型が原因で、患者23名死者3名を出した。1984年に発生した熊本産カラシレンコンによる事件はA型が原因で、14都府県において患者36名、死者11名を出した(本月報Vol.5、No.11参照)。1998年に東京都で発生したイタリア産グリーンオリーブによる食中毒事件はB型が原因で、患者18名であった(本号5ページ参照)。これらのA型、B型による事例は原因食品が流通した広い地域で発生がみられ、患者数が比較的多いのが特徴である。その後1999年に千葉県で発生した真空パック詰め食品(加圧加熱殺菌したレトルト食品とは異なる)による患者1名の事件の原因はA型であった(本月報Vol.20、No.11Vol.20、No.12参照)。

汚染源となる土壌中の本菌の芽胞の分布はかなり広範囲である。わが国では北日本を中心に土壌からE型菌が分離されており、A型菌も少数であるが国内の土壌から分離されている(ボツリヌス菌、食中毒菌の制禦p.72-85 、中央法規)。食品・食材の流通が国際的に頻繁に行われている現在、外国の土壌に芽胞として存在するボツリヌス菌が食品に混入して輸入される可能性については常に注意が必要と思われる。

ボツリヌス食中毒は発生件数が少ないが、他の食中毒と異なり致死率が高い。治療は抗毒素療法と対症療法である。本症の存在を忘れずに、ギラン・バレー症候群様症状などの疑わしい症状を示す患者については積極的に病原診断を行い、原因食品を迅速に特定して、その情報を公衆衛生関係者と臨床現場などに広く提供することが、同じ食品に関連する患者・死者を増やさないための対策として重要である。

乳児ボツリヌス症:乳児の腸管内でボツリヌス菌が増殖し、産生された毒素によって発病する。本症は、米国でボツリヌス症を疑う乳児の便検査が診断法に取り入れられた結果、1976年に初めて確認されたものである。日本国内では10年後の1986年、千葉県で初めて本症が確認された。1987年には本症に対する医療現場の関心の高まりを反映するように9例が報告されたが、全例が蜂蜜を摂っていた。厚生省は同年10月に乳児に蜂蜜を与えないこと、検査体制を整備することなどを通知し(本月報Vol.8、No.11参照)、その後の本症患者の報告は少なくなっている。

現在までに確認された17症例を表2に示した。患者発生には地域特異性、季節性および男女の差は見られない。患者便からA型菌および毒素が検出され、患児に与えた蜂蜜から同型菌が分離された例が多かった。3症例(No.3、No.6、No.7)では患者からも蜂蜜からも菌は分離されていないが、臨床症状と蜂蜜の投与事実から診断されている。1990年以後は蜂蜜摂取歴が全くない例が報告され、野菜スープが原因食と判明した例がある(No.16)。1990年にはC型、1995年にはB型毒素産生菌が分離されている。

海外では乳児の突然死症候群(SIDS)には本症による死亡が約5%含まれると推定されているが(Arnon S.S. Rev. Infect. Dis. 6:S193-201, 1986)、No.12とNo.13の症例はSIDSと同様の臨床経過であったが死を免れた例(ニアミス例)である。突然死あるいは死に至らないまでもSIDSニアミスを起こすような症例については本症が関与している可能性も考慮する必要がある。

本症の一般的な治療はペニシリン系の抗生物質の投与である。ウマ血清を使用する抗毒素療法は慎重を要する。

患児が感染後排泄する便の中には菌と毒素が含まれており、ピーク時には便1g中に菌100万CFU 、毒素10万MLD (マウス致死量)と多量となり、頑固な便秘を呈するために菌と毒素は1カ月以上排出された報告がある。従って、患児の糞便の処理には注意が必要である。

乳児ボツリヌス症は1999年4月から施行された「感染症の予防および感染症の患者に関する医療に関する法律」において全臨床医に届け出義務のある4類感染症として分類された。同法による届け出患者は2000年2月現在まで1例(表2 No.17)である。

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