The Topic of This Month Vol.21No.1(No.239)


風疹 1995〜1999

風疹は、一般的には小児の比較的軽症のウイルス性発疹性疾患で春から初夏に流行がみられる。しかし、妊婦が妊娠初期に感染し、胎児が経胎盤感染すると、難聴、白内障、心奇形などの障害を主症状とする先天性風疹症候群(CRS)を起こすことがある。従って、風疹のサーベイランスや対策は、このCRS予防を第一にした観点から行われている。1995年4月1日に施行された改正予防接種法では、予防接種の努力義務化(勧奨接種)、集団接種から個別接種への移行などが行われた。風疹ワクチンは引き続き定期接種となったが、接種対象が改正前の「13〜15歳女子」から「生後12〜90カ月までの男女児(以下本文では年少児と略)」に変更された。また、1999年4月1日から施行された「感染症新法」において、風疹は小児科定点報告の4類感染症、CRSは全医師に届け出義務のある4類感染症となった(本月報Vol.20、No.4参照)。

風疹患者:厚生省感染症発生動向調査に基づく定点報告による風疹患者発生数をみると(図1)、風疹の全国的大流行は、調査事業の開始された1982年、1987〜88年、1992〜93年と、ほぼ5年ごとに繰り返されてきたが、1994年以降は大流行は無く、局地流行や小流行に留まっている(図2)。定点(約2,400)当たりの患者数は、大流行年の1987年に最高値を記録した。1994年以後は低値で推移し、特に1999年は大きく減少しており、今後の報告追加を見込んでも過去最低値となっている(表1)。

CRS患者:1999年4月1日以降(1999年12月15日現在)、「感染症新法」による患者の届出は1例もない。1993年に実施した聾学校(門屋ら、臨床とウイルス、23、141-147、1995)および病院(加藤、臨床とウイルス、23、148-154、1995)へのアンケート調査がCRS患者全国調査の最後であり、これらによれば1963〜92年に639例(門屋ら)、1978〜93年に301例(加藤)が把握された。それ以降も1998年の北海道における風疹の局地的流行などに伴って、数例のCRS患者が報告されている(本号7ページ表1参照)。風疹患者数が減少してきた1994年以降はCRS患者数も減少していると推測される。

流行ウイルス株の系統樹:1966〜97年の間に分離された風疹ウイルス25株についてHA活性を持つE1蛋白をコードする遺伝子の1,441塩基の配列を比較すると、各年代の分離株が系統樹上にそれぞれのグループを形成しており、風疹ウイルスは地域ごとに固有の株が繰り返し流行しているのではなく、全国規模の流行のたびに、流行ウイルス株が交代していると考えられる(Sanogoら、第47回日本ウイルス学会、1999)。しかし、抗原性の大きな変化はなく、現行ワクチン株の免疫効果に問題は無い。

定期接種対象年齢と予防接種率:予防接種法の改正で風疹ワクチンの接種対象となった年少児には標準接種年齢として12〜36カ月以下で接種されているが、以前に風疹単味または麻疹・おたふくかぜ・風疹混合(MMR)ワクチンを受けたことがない者に対する経過措置として、1)1995年度に小学校1〜2年生の者、 2)1996〜99年度に小学校1年生の者、 3)2003年9月までで12〜16歳未満(標準は中学生)の男女も定期接種の対象とされている。しかし改正前に比べ女子中学生の接種率の低下が指摘されている。磯村の調査によれば1997年の実績は年少児60%、中学生46%であった。さらに中学生の接種方式別接種率をみると、個別無料接種が28%、集団無料接種が71%と両者の差が大きかった(本号3ページ参照)。

抗体保有状況:1997年の厚生省伝染病流行予測調査によれば、17〜32歳の女性の90%以上は抗体を保有していた。一方、同年齢の男性では、約70%の保有率であり、1977年以降現在まで継続されている女子中学生に対する予防接種の大きな効果が読み取れる(図3)。10歳未満の男女に共通する抗体保有率の2つのピークは、1)法改正後の幼児接種群(2〜4歳)、2)MMR接種(1989年4月〜1993年3月)および法改正後の小学生への経過措置群(7〜10歳)に対応しており、予防接種による抗体獲得を反映している。しかし、11〜14歳は50〜79%と保有率が低い。1997年調査時にこの年齢であった者は、ワクチン接種によって抗体を獲得することが望ましい(対象年齢を超えた者も任意接種は可能)。集団の免疫レベルの指標である抗体陽性者の平均抗体価は、男女とも10代〜30代まで1:26(1:64)以上の十分な免疫を保っている(図4)。

考察:1994年以降大きな流行がない理由は、1989〜93年の間に男女の幼児へMMRワクチンが接種されたこと、および、1995年4月から風疹ワクチンの接種対象が拡大されて、接種率は不十分であるものの流行の主体である年少児が免疫されたことの効果と考えられる。今後、ワクチン接種が推進・維持されれば、全国規模の大流行は起こらないことが期待される。

ギリシャにおいて、1970年代半ば〜1987年にかけて小児の風疹ワクチン接種率が50%以下の低い状態で続き、妊婦の抗体陰性者(感受性者)が1980年の11%から1990〜91年の36%に上昇した。1993年の風疹流行で妊婦を含む若年成人に感染が増加し、1993年7月〜1994年6月にCRSが25例発生した(BMJ 319:1462-1467,1999)。同様の問題を起こさないためには、わが国でも現在の低い接種率を向上させ、高い予防接種率の維持を目指すことが重要である。

流行規模の縮小により野外ウイルスの再感染(主に不顕性)による免疫ブースター効果が期待できなくなる状況も考えられる。また、将来国内の風疹発生が抑えられても外国からウイルスが輸入される可能性もあるので、CRSを無くすためには、妊娠可能年齢の女性における高い抗体保有率と高い抗体価を維持させなくてはならない。そのためには年齢別の免疫状況の推移をモニターしている感染症(旧伝染病)流行予測調査事業による血清疫学調査を今後も継続する必要がある。1995年の予防接種法改正では小児全員が免疫されることを目指しているが、妊婦での免疫を維持するために追加接種の当否を検討しておく必要がある。

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp



ホームへ戻る