千葉県下で発生した結核の集団発生を疑わせる事例から分離された結核菌のRFLP分析

結核に対する医療従事者や患者の意識の低下による診断の遅れ、治療の不徹底、既感染率の低下等の要因で集団感染が起きる危険が高まっている。実際、学校や病院等での集団発生が相次いで報告されている。結核集団発生のように疫学的に関連のある患者が同時に複数認められた時、分離された結核菌を型別し、それが同じ結核菌による感染か否かを判定することは、感染源や感染経路の推定に役立ち予防対策上重要な情報である。しかし、結核菌の薬剤感受性パターンやファージ型別などの従来法では、詳細な検討は困難であった。

近年、IS6110を指標としたRestriction fragment length polymorphism(RFLP)分析が結核の疫学調査の重要なツールとして世界各国で用いられるようになった。本邦においても結核研究所の尽力によりその普及が進められている。IS6110は結核菌特有の挿入配列であり、染色体DNA 上に複数個存在し菌株ごとにその数、位置が異なり、この形質はある程度安定に遺伝していく。その結果、菌株の相違によって異なるRFLPパターンを示し、由来ごとのグループ分けも可能となる。

われわれは、千葉県内で発生した複数患者同時発生事例についてRFLP分析による解析を実施した。各事例の患者から分離された結核菌のRFLPパターンを図1に示す。

事例A:20代男性患者で、咳、痰等の症状があったが放置されていたため、友人等関連者に10名以上の患者発生が認められた。菌株は結核研究所がRFLP分析を実施し、すべて同じパターンを示すことが報告された。その後に同地域に患者が1名発見され、分離された菌(A1)をRFLP分析して同事例由来株(A2)と比較したところ、全く同じパターンを示し関連が強く疑われた。この事例では、患者は交友関係が広く、プライバシーの問題もあり関連者調査等の疫学調査は困難であったが、RFLP分析による菌側からの所見が有効であった。

事例B:ある遊興施設従業員が結核を発症し、近隣の住民にも数名の患者が認められた。調査したところ、患者はいずれも従業員の勤める遊興施設に出入りがあったため、同施設における感染が疑われた。分離された菌株はすべて薬剤感受性であり、特に違いを認めなかったが、RFLP分析したところ、従業員(B1)と住民(B2〜4)から分離された菌株のパターンは一致しなかった。ところが、住民のうち2名から分離された菌株(B3、B4)は全く同じパターンを示した。このことから複数の感染経路の存在も疑われ、さらに詳細な疫学調査の実施が必要と考えられた。

事例C:宿泊可能な施設において従業員と利用客に数人の患者発生が認められた。ほとんどの患者が数カ月のうちに認められたため、施設内における感染が疑われた。RFLP分析を実施したところ、分離された菌株(C1〜6)のRFLPパターンはすべて異なっていた。このことから複数の感染源の存在が疑われ、施設内での感染経路の他に、患者個々の詳細な調査が必要と考えられた。

事例D:服薬不十分な患者(D1)から複数関係者(D2〜4)に感染が認められた多剤耐性菌による集団感染が認められた。患者等は個室で長時間一緒に麻雀をするなど、かなり濃厚な接触があった。分離された結核菌は薬剤感受性試験によりイソニアジド(INH)、リファンピシン(RFP)、ストレプトマイシン(SM)に薬剤耐性が認められた。分離された菌は、薬剤耐性パターンから同一感染源の存在が疑われたが、RFLP分析においても同様の成績であった。薬剤感受性について、さらに詳細に検討するため、ブロスミックMTB-I(極東製薬)を使用した微量液体希釈法によってMICを測定したところ、INHに対してA1、A2、A3は2μg/mlで、A4は32μg/ml以上であった。耐性が認められた薬剤以外でもレボフロキサシン(LVFX)に対してA1は4μg/ml、A2、A3、A4は0.25μg/mlと違いが認められた。調査したところ患者は、それぞれ治療開始時期、治療方針等異なり、A4はINHを含めた治療を開始後に分離した株であり、他の患者はINH不使用であった。また、A1はLVFXを含んだ治療開始後に分離された菌株であり、その他の菌株は使用前に分離された菌株であった。使用薬剤に対する耐性菌側の迅速な反応が認められ、その治療の困難さが推測された。

以上のようにRFLP分析を行って結核事例を検討することは、感染様式の解明に役立ち、疫学調査やその後の対策に有用な情報となる。現状では、パターンの類型化が困難である、迅速性に欠ける、薬剤感受性等の情報が得られない等の問題点も挙げられているが、集団発生報告が相次ぐ今日、RFLP分析等の分子疫学的手法による検査は今後必須と考えられる。ただし、結核菌からDNAを抽出するための溶菌操作後に菌の生残が認められたとの報告もあり、検査導入に際しては、十分な感染防御対策を講じる必要がある。

千葉県衛生研究所
岸田一則 横山栄二 小岩井健司 水口康雄

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