上昇傾向続く日本の結核

1998年末の結核登録に関する統計の概況が発表された。新登録患者数44,016人、罹患率は人口10万対34.8であり、この値は1997年の33.9より0.4%増加した。1996年が33.7だったので、日本の結核は2年連続上昇中ということになる。感染源として重要な「塗抹陽性肺結核」に限れば、1998年の罹患率は12.9であり、これも1996年から上昇中、1981年の10.4を底にして長期にわたり不規則ながら徐々に上昇してきたことになる。1971年以来それまで毎年11%ずつ減少してきた罹患率は1980年頃から急に年率3〜4%減へと改善は減速していたが、ここにいたってゆるゆると上昇に転じたかに見える。

この減速・逆転の原因はまず人口の高齢化にある。結核高蔓延時代に生まれ育った現在の60歳、70歳の世代は60%〜70%以上が結核既感染である。彼らが20歳代には他の年齢にもまして結核罹患率、また死亡率が高かった。彼らはそのような時期を無事にやり過ごして今日の高齢にたどり着き、そこで若き日に我が身に引き受けた結核菌が暴れ出すのを抑えきれなくなったのである。しかも近年の高齢化はさまざまな健康問題を持った老人を多数作り出した。それらがいろいろな程度に結核発病に結びつく。たとえば糖尿病、人工透析、胃潰瘍、塵肺、副腎皮質ホルモン治療等々である。このような問題をもつ人の割合はおそらく以前よりも増大したと思われる。これがひいてはこの年齢階層での結核罹患率の減少鈍化・逆転上昇の主な原因になっていると考えられる。70歳以上の塗抹陽性肺結核患者発生数は1976年の1,725人から1998年の6,093人へと実に3.5倍増した。

この高齢者層で増加した「感染源」は周囲の中年、若年の未感染者に感染、その発病をもたらす。とくに思春期は生物学的に感染後の発病のリスクは乳児期と並んで最も大きい年齢である。そのためいずれの年齢にも罹患率の減速が及ぶなか、20〜29歳でもっとも顕著にそれがみられる、という結果につながる。

このように日本の結核罹患率の動向は急速な高齢化という人口学的な要因に翻弄されている。別の角度から見ると、日本の結核疫学は高齢者を通していまだに結核が「国民病」だった時代の影を引きずっているのである。しかも罹患率はスウェーデン(罹患率5.2)、オーストラリア(5.5)、米国(6.4)、カナダ(7.1)、英国(10.1)等と比して非常に高い水準に留まっている。しかもこれらの国々では患者の30〜50%は途上国からの移民が占めていることを考えると、欧米に比した日本の結核流行の遅れは見かけよりさらに大きいことになる。いまの日本の罹患率は、米国が1950年代に経験した水準である。

このような「もたつき」のなかで、患者の臨床像、患者発生の様相もこれまでに経験しなかったパターンが顕著になっている。重症患者の増加、予後の悪化、集団発生や院内感染の増加といった問題である。しかもこのような状況に対する医療・行政の対応は十分とは言い難い。米国では1980年代後半からの結核の逆転上昇に国の総力を挙げて対決し、1993年以後これを押さえ込むのに成功した。日本でも、結核対策がこれをいかに克服するか、今後数年の我々対策関係者の責任は重い。

結核予防会結核研究所 森  亨

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp

ホームへ戻る