The Topic of This Month Vol.20 No.8(No.234)


日本脳炎 1991〜1998

日本脳炎は日本脳炎ウイルスを保有するコガタアカイエカの刺咬によって感染する重篤な急性脳炎である。日本脳炎のサーベイランスは厚生省流行予測事業において、患者発生調査、ヒト抗体調査(感受性調査)およびブタ感染調査(ブタ情報)が実施されている。本特集では、1990年代(1991〜1998年)の日本脳炎発生状況について述べる(1990年までの調査成績については本月報Vol.9、No.1およびVol.13、No.2参照)。

日本脳炎患者発生調査:日本脳炎患者数は1950年代には小児を中心に年間数千人であった。1965年には千人以下になったが、1966年は2,000人を超え、患者は55歳以上の高年齢にピークがみられた(緒方、臨床とウイルスVol.13、No.2、p.150-155、1985)。1967年〜76年に特別対策として小児のみならず高齢者を含む成人に積極的にワクチン接種が行われ、患者は急速に減少、1980年代は年間数十人の報告となった(図1)。

1991〜1998年の8年間には合計35人報告され(表1)、1991年は13人であったが、1992年以降は毎年4人以下である。男性18人、女性17人と患者数は男女ほぼ同数であった。予後が明らかになっている30人についてみると、5人(17%)は死亡、18人(60%)は後遺症を残して回復、7人(23%)は後遺症を残さずに回復した。12人の患者に関してはワクチン接種歴が報告されているが、10人はワクチン接種歴がなく、2人は3年以内にはワクチン接種をうけていなかった。

患者の発症時期を月ごとにみると、8月に21人(60%)、特に8月下旬(16〜31日)に14人と最も多く発症している(図2)。最も早い患者発生は愛媛県における7月27日、最も遅い発症は長野県における10月17日であった。患者数を地域ごとに見ると九州が16人と最も多く、次に四国6人、中部6人と患者数が多い(図3)。九州と四国で22人と全患者の6割以上を占めるのが注目される。東北、北海道での患者発生は報告されていない。県別では長崎県6人、熊本県5人、愛媛県4人と多い。患者の年齢分布は35人中1人が7歳であったが、他の34人はすべて40歳以上であった。60〜69歳10人、70〜79歳11人、80歳以上5人であり、26人(83%)が60歳以上であった(図4)。特に1995年以降は上記7歳の患者を除きすべて60歳以上であった。従って、今日日本においては日本脳炎は高齢者に主に発生する脳炎ということができる。

ヒト抗体調査:日本脳炎ウイルスの抗体保有状況は最近では1996年に10都府県約2,000人を対象に調査されている(図5)。中和抗体価1:12以上の中和抗体保有状況を年齢別にみると、抗体保有率は0〜4歳で約60%、5〜29歳では約90%である。30〜59歳では約70%であるが、60歳以上では再び80%を超える。現在日本脳炎ワクチンは、定期接種として標準的には一期は3歳において初回免疫を2回、4歳において追加免疫を1回、二期は9〜12歳において追加免疫を1回、三期は14〜15歳において追加免疫を1回というスケジュールで接種されている。ワクチン接種歴の有無と抗体保有率の関係を14歳以下において比較すると、ワクチン接種群は非接種群に比し、抗体陽性率が高い(図5a)。抗体陽性者の幾何平均抗体価はいずれの年代でも1:32を超えている(図5b)。10歳以下における平均抗体価においては、ワクチン接種者は非接種者に比し高い。過去8年間に報告されている患者のほとんどは60歳以上であるが、抗体陽性率や平均抗体価で見ると、60歳以上で他の年代に比し特に下がっているわけではない。

ブタ感染調査(ブタ情報):ブタは日本脳炎ウイルスの増幅動物として知られている。1965〜1994年までは全国47都道府県の地方衛生研究所が夏季に屠場に集められるブタ(生後5〜8カ月)の日本脳炎HI抗体陽性率(=当該年の感染率)を調べ、日本脳炎ウイルスの浸淫状況の指標として来た(図6)。抗体陽性ブタは沖縄においては毎年5月頃、それ以外の西日本各県では7月頃に出始める。抗体陽性ブタ出現地域は月とともに北上し、10月までには北海道を除く地域で認められる(本号4ページ参照)。1960年代に比べるとブタが抗体陽性となる時期は遅くなっているようである。東北では1991年以降患者発生がないが、抗体陽性ブタが観察されていることから、日本脳炎ウイルス感染蚊は存在すると推察される(最新のブタ情報は感染症情報センターホームページhttp://idsc.nih.go.jp/yosoku99/Swin-T.htmを参照)。

おわりに:1970年代初めまで年間百人以上であった日本脳炎患者数は、過去数年間は年間2〜4人と大幅に減少した。この原因としていくつかの要因があろうが、以下の3点が主なものとしてあげられる。(1) 小児への日本脳炎ワクチン接種により、小児のほとんどが幼児期に日本脳炎ウイルスに対して防御免疫を獲得するようになったこと、(2)コガタアカイエカが増殖する水田の減少や、稲作方法の変化により、コガタアカイエカの数が減少したこと(上村、Med. Entomol. Zool. Vol.49, No.3, p.181-185, 1998)、(3)増幅動物であるブタの飼育環境が変わり、ブタがヒトの居住地から離れて飼育されるようになったため、コガタアカイエカが感染ブタを刺咬し感染したとしても、ヒトの居住地に飛来し人を刺咬する機会が減少したこと、である。しかし、日本脳炎ウイルス感染蚊は、現在でも毎夏北海道を除く日本各地に存在する。いったん発症すれば致死率は高く、回復したとしても高率で後遺症を残す疾患であることにかわりはない。また、アジア全体では年3〜4万人の患者発生が報告されている(本号5ページ参照)。従って、日本脳炎は今日でも注意を要する疾患といえる。

追記:1999年4月から施行された「感染症の予防および感染症の患者に関する医療に関する法律」においては、日本脳炎は全数把握の4類感染症として分類されている。

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