川崎市における下痢症患者由来腸炎ビブリオ血清型の推移(1989〜1998年)

川崎市衛生研究所では1968(昭和43)年より本市内の医療機関を受診した散発下痢症患者(以下、散発)を対象に下痢原性病原菌検索を実施している。今回は、1989(平成元)年〜1998(平成10)年までの10年間に散発および検疫通報者や汚染地域来航者のいわゆる海外渡航下痢症者(以下、海外)から検出した腸炎ビブリオの主要株の血清型の推移と、集団食中毒由来株も含めたパルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)によるDNA分子遺伝学的パターン分析の結果についても併せて報告する。

過去10年間の散発下痢症患者7,461件中、下痢原性病原菌陽性者は1,927件(26%)であった。検出病原菌別では、カンピロバクターが977件(13%)で最も多く、次いでサルモネラが377件(5.1%)、腸炎ビブリオが286件(3.8%)、下痢原性大腸菌が263件(3.5%)などの順であった。このうち腸炎ビブリオは286件より300株、28血清型が分離され、O3:K6が67株(22%)で最も多く、次いでO4:K8が56株(19%)、O1:K56が27株(9.0%)、O4:K4が20株(6.7%)、O4:K63が15株(5.0%)、O4:K12が12株(4.0%)などの順で、耐熱性溶血毒陰性株は16株(5.3%)に認められた。また1989〜1998年までの10年間の散発由来腸炎ビブリオの主要血清型の年次推移は、図1に示すとおりである。過去10年間の優勢血清型は、1989年ではO4:K4が最優勢で、1990〜1995年までは1992年と1993年のO1:K56の最優勢を除外してO4:K8が最優勢であった。しかし1996年よりO3:K6が急激に優勢になり1997、98年では分離株の70%が本血清型で占められるほどに激増し、他の主要血清型菌は漸減傾向を示していた。

一方、同期間における海外渡航者下痢症者2,935件中、下痢原性病原菌陽性者は1,046件(36%)であった。検出病原菌別では下痢原性大腸菌が372件(13%)で最も多く、次いでプレシオモナスが309件(11%)、サルモネラが171件(5.8%)、カンピロバクターが144件(4.9%)、腸炎ビブリオが87件(3.0%)、赤痢菌が66件(2.2%)などの順であった。このうち腸炎ビブリオは87件より93株、24血清型が分離され、O4:K8が17株(18%)で最も多く、次いでO3:K6が9株(9.7%)、O4:K4とO1:K56が7株(7.5%)ずつ、O1:K41が5株(5.4%)などの順であった。同期間の主要血清型の推移は図2に示すとおり、1990〜91年まではO4:K8が最優勢で、1992と94年はO4:K4とO4:K8が同率、1993年はO4:K12とO1:K41が同率、1995年はO1:K56、1996年はO4:K8とO1:K56が同率で優勢血清型であったが、1997年はO3:K6が分離株のすべてを占め、海外由来では散発由来より1年遅れて流行が始まり、1998年もO3:K6が最優勢血清型であった。

その他の注目される血清型では、1998年に散発由来よりO4:K68が3株分離され、同年の散発由来血清型の第三位優勢血清型であったが、海外由来では同年1月に既にO4:K68が1株分離されている。本血清型菌の今後の動向が注目される。

次に現在の流行株であるO3:K6の代表株の制限酵素Sfi Iを用いたPFGEによるDNA泳動パターン(50〜700kbp)は、図3に示すとおりである。レーン(L)1〜6は1998年の集団食中毒由来株のうち、L1〜3は他都市関連調査分離株、L4〜6は市内発生分離株である。ここでは結果を示していないがL1〜6は制限酵素Not Iで消化した場合は、全く同一のパターンを示していたが、Sfi IではL1〜3とL4〜6では明らかな相違が認められた。またL7はベトナム由来株、L8はタイ由来株であり、L8では約430kbp断片の欠失が認められた。1998年の分離時期が異なる散発由来L9〜11では、約600kbp付近の断片に違いがあるのみであった。また過去の分離株を比較した散発由来L12(1996年)とL13(1984年)では泳動パターンは明らかに相違し、その後のO3:K6分離株も基本的なパターンは1996年の散発由来株に酷似していた。以上の結果から、本市においては、1996年に新たなO3:K6株が侵淫し、現在も汚染が継続していることが推察され、O4:K68と同様に今後の動向を十分に監視する必要がある。

川崎市衛生研究所
小川正之 殿岡弘敏 松尾千秋
小嶋由香 本間幸子 佐野達哉

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