ヘンドラ様ウイルスによる感染症の集団発生、1998〜1999年−マレーシア、シンガポール

1998年9月29日〜1999年4月4日までの間に229例の熱性の脳炎患者(111例死亡)がマレーシア保健省に報告された。1999年3月13日〜19日にシンガポールの屠畜場労働者で9例の同様の脳炎患者(1例死亡)と2例の呼吸器疾患患者が発生した。疫学的、検査室的調査結果から、オーストラリアのヘンドラウイルスに似ているが違う、以前には見られたことのないパラミクソウイルスがこれらの集団発生に関与していることが判明した。

 マレーシア:疑われている疾患は発熱、強い頭痛、筋肉痛と脳炎あるいは髄膜炎の徴候のあるものとした。3つの集団発生が確認されており、最初のものは1998年9月下旬、ペラク州のイポ近くで始まり、1999年2月初旬まで続いた。次はネグリセンビラン州のシカマト近くで、1998年12月と1999年1月に起こった。3つ目の最も大きなものは1998年12月ネグリセンビラン州のブキットペランドック近辺で始まった。2例がセランゴール州で発生している。

当初患者はブタと接触歴のある成人男性の間で主に発生しており、同時に同じ地域のブタの間でも同様の疾患と死亡が起こっていた。最初日本脳炎が疑われ、実際数例の患者では日本脳炎ウイルスの感染が陽性であった。しかしながら、症例がブタに濃厚な接触歴のある男性に偏っていることから他の病原体の可能性が示唆された。

マラヤ大学医学微生物学教室で患者の中枢神経組織から未知の病原体が分離された。13例の患者の血清をCDCで検査したところ、1例しか最近の日本脳炎感染の証拠は見つからなかった。患者3例からの分離検体を電顕で検索したところ、パラミクソウイルスに一致するウイルス粒子が発見され、蛍光抗体法でヘンドラウイルス(以前馬モルビリウイルスと呼ばれていたもの)類似のものが示唆された。その後の塩基配列の検索などにより、このウイルスはヘンドラウイルスに似ているが、全く同じではないということが判明した。ヘンドラウイルスを使用した捕捉IgM-ELISAにより、日本脳炎が陰性であった12例すべてで陽性結果が得られた。その後の検査で患者26例中23例(88%)で抗ヘンドラウイルスIgMが検出され、ヘンドラ様抗原と核酸が患者の中枢神経組織や肺、腎で検出された。同時に疾患発生のあった農場のブタの中枢神経組織、肺、腎においてもヘンドラ様抗原が陽性であった。

疾患は、3〜14日間の発熱と頭痛に引き続き嗜眠傾向、行動異常があらわれ、24〜48時間以内に昏睡に陥る。229例の患者のうちほとんどはペラクあるいはネグリセンビリアンの養豚場の男性労働者で、5例はブタとの接触のあった屠畜場の職員であった。患者の診療に当たった医療従事者からは患者の発生はない。ところによりヒトの発症1〜2週間前にブタでの疾患発生が起こっており、ブタの症状は一様ではないが、努力性呼吸、爆発的な咳と嗜眠あるいは攻撃的行動などの神経学的変化がみられている。一例をあげると、49歳養豚場農夫、3月7日に発熱、頭痛、行動異常と目のかすみにて発症。翌日嗜眠状態となりウイルス性発熱として入院。数日以内に神経症状悪化し、全身痙攣、呼吸不全、血圧低下とスパイク状の高熱をきたし、3月13日死亡した。入院時、CBC、電解質、頭部CTに異常なく、3月13日の髄液所見では、白血球なし、糖正常範囲、蛋白2.09g/l(正常0.15〜0.45)、血清抗日本脳炎IgMは陰性であったが、血清、髄液で抗ヘンドラ様ウイルスIgGとIgMが陽性であった。同じ養豚場で働いていた兄弟は数日早く脳炎で死亡しており、同様に血清、髄液で抗ヘンドラ様ウイルスIgMが陽性であった。

 シンガポール:11例の患者はすべてマレーシアから輸入されたブタを取り扱っていた。血清検査により11例すべてで最近のヘンドラ様ウイルスの感染が証明され、死亡例での塩基配列の検索では、マレーシアのものと同じものであることが示唆された。他の屠畜場でマレーシアから輸入された100頭のブタのうち4頭でヘンドラウイルスに対する抗体が証明された。

 公衆衛生的対応:調査の結果、マレーシアでのウイルスの拡大は感染ブタの輸送に伴っていることが示唆された。他の動物の感受性は不明で、本ウイルスの保有動物を調査研究中である。感染拡大を防止するために、当局は国内でのブタの輸送を禁止し、発生地域の周囲5km範囲内のブタを屠殺した。また発生地域におけるブタに接触するすべてのヒトに対して、防護服、手袋、ブーツ、マスクの着用を勧告した。

シンガポールとタイはマレーシアからのブタの輸入を禁止し、シンガポールはさらにマレーシアから戻ってくる馬も規制した。マレーシア保健省は一般国民に疾患の発生状況とブタに接触するときの注意について啓蒙キャンペーンを開始した。

(CDC、MMWR、48、No.13、 265、1999)

 追補:これまでヘンドラ様ウイルスと呼ばれていたが、ニパウイルス(Nipa virus)と呼ばれることになった。また4月27日現在で、マレーシアで257例の患者報告がある(100例死亡)が、3月13〜19日46例の報告をピークとして、4月10〜16日には4例と減少してきている。また、シンガポールでは3月19日以来新規患者の発生はみられていない。現在までのところヒト−ヒト感染はみられていない。

(CDC、MMWR、48、No.16、335、1999)

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