わが国の都市部における住所不定者および痴呆高齢者等におけるコロモジラミ症

コロモジラミ症は戦後しばらく衛生状態の改善でまったく見られなくなっていたが、近年路上生活者や簡易宿泊所居住者等の住所不定者や、定住者でも独居痴呆老人や治療を受けていない精神障害者に感染を認めるようになった。

 1.住所不定者におけるコロモジラミ症
都市部で働く生活保護担当職員にとってコロモジラミ症はさほど珍しい疾患ではなくなっている。住所不定者でコロモジラミが発見されるパターンには大きく分けて二つある。ひとつは路上から救急車で緊急搬送された路上生活者に大量のシラミが付着しているケースである。住所不定者の医療に詳しい病院のソーシャルワーカーによると、新宿西口の地下街にダンボールハウスが林立しはじめる以前、コロモジラミ症は年数例経験するのみであったが、最近は月に複数例診るという。このような緊急搬入例は一般に全身状態が悪く、衣類に多数のコロモジラミが付着していることが多い。

もうひとつのパターンはかゆみを訴えて区役所等の福祉窓口に相談に来るケースである。このようなケースは緊急搬送されたケースよりも付着しているシラミの数は一般に少ない。皮膚には多くの掻き傷が認められ、衣服を注意深く観察するとシラミが発見される。また、かゆみが主訴でなくても、頻回に体を掻いている場合は衣類を調べるとシラミが認められることがある。福祉の職員が指導している駆除法は、入浴させ、すべての衣類を交換するというものである。住所不定者の場合、紙袋などに大量の拾った衣類などをつめこんで持ち歩いたり、自動販売機・歩道橋の下などに隠して持っている場合がある。もしあればそれらの衣類も処分するか、洗濯をするように指導する。ケースが簡易宿泊所などに宿泊し、集団生活をしている場合は、必要に応じて保健所の環境衛生監視員が宿泊所の経営者への情報提供・駆除法の指導を行う。

 2.路上生活者におけるコロモジラミ保有状況
1999年5月都内の公園で、「路上生活者特別対策」として生活相談、衣類配布、入浴、散髪、軽食の配布、健康相談を行った(各サービスの提供は希望者のみ)。83人の路上生活者が来場した。更衣・入浴の際に発疹が発見されたり、頻回に体を掻いていた者にカユミの有無を聞き、同意の元に衣類を調査したところ、5名(6%)がコロモジラミを保有していた。ある被検者の衣類からは300匹以上の虫体が分離された。今回の被検者は路上生活者のなかでも比較的衛生状態がよい者に偏っていると思われるので、全体の保有率はより高率の可能性がある。

 3.定住者におけるコロモジラミ症
住所不定者以外に定住者の中にも頻度は低いがコロモジラミ感染を認めることがある。ハイリスク・グループとしては清掃・洗濯等の保清が困難な者、視力が低下していて虫体の視認が困難な者などが挙げられる。具体的には独居高齢者や高齢者のみ世帯(とくに痴呆を伴う場合は注意が必要)、未治療・治療中断の精神障害者などが要注意グループである。以下に筆者の自験例を挙げる。

 事例1:独居高齢者80歳代女性。区立老人福祉施設の職員が「通所者に衣服・身体の不潔な者がいる、他の通所者から苦情がある。ヘルパー派遣等が必要ではないか」と通報があり、在宅介護支援センターの職員が調査訪問したところ、衣類だけでなく万年床、畳等にまでコロモジラミが付着していた。ケース宅には洗濯機も掃除機もなく、痴呆症と軽度の白内障による視力低下があった。

 事例2:精神障害者40歳代男性。20歳代で精神分裂病を発症、内服治療を行いながら保健所のデイケアに通所するなど社会性を保っていたが、一昨年母親が死亡し、独居となってから向精神薬内服ができなくなり精神症状が増悪し、デイケアに来られなくなった。保健婦が訪問しても外出(路上で寝たりしていたらしい)していることが多く、面接困難であった。隣家の住民が「ごみをためこんで悪臭がする、身体も不潔で皮膚病があるようだ」と本人を連れて近医受診、全身と衣服に多数のコロモジラミが付着しており、栄養失調・シラミ皮膚炎の診断で入院となった。この事例のようにコントロール不良な精神障害者も身辺の清潔を保てなくなる場合がありハイリスクとなる。

これらの事例を通じ、シラミを知らない職員らが過剰反応することがないよう、シラミ対策の研修を行った。また、シラミ感染者が発見された場合、保健所職員(害虫担当・環境衛生監視員等)と協力し、関係者への情報提供を行うとともに現場調査を行っている。

豊島区中央保健福祉センター 牧上久仁子
池袋保健所 矢口 昇

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