カンピロバクター感染症とギラン・バレー症候群

ギラン・バレー症候群(Guillan-Barre Syndrome)は1919年にGuillanとBarreおよびStohlによって記載された急性突発性多発性根神経炎であり、神経根や末梢神経における炎症性脱髄疾患である。発症は急性に起き、多くは筋力が低下した下肢の弛緩性運動麻痺から始まる。典型的な例では下肢の方から麻痺が起こり、だんだんと上方に向かって麻痺がみられ、歩行困難となる。四肢の運動麻痺の他に呼吸筋麻痺、脳神経麻痺による顔面神経麻痺、複視、嚥下障害がみられる。運動麻痺の他に、一過性の高血圧や頻脈、不整脈、多汗、排尿障害などを伴うこともある。予後は良好で、数週間後に回復が始まり、機能も回復する。ただし、呼吸麻痺が進行して死亡することもまれでない。ギラン・バレー症候群の15〜20%が重症化し、致死率は2〜3%であると言われている。ギラン・バレー症候群にはさまざまなサブタイプがあり、そのーつにフィッシャー症候群がある。ギラン・バレー症候群は発症1〜3週前に感冒様ないし胃腸炎症状があり、肝炎ウイルス、サイトメガロウイルス、EBウイルスなどのウイルスやマイコプラズマによる先行感染後が疑われていたし、これらの微生物による感染が証明された症例もある。

カンピロバクターとギラン・バレー症候群との関わりはカンピロバクター腸炎の病原診断が一般化してきた1980年代になってからである。最初の症例は1982年に英国において45歳の男性がカンピロバクターによる下痢症状がみられてから15日後にギラン・バレー症候群を起こした。その後、英国や米国など諸外国でCampylobacter jejuni感染後に起きるギラン・バレー症候群が多数報告されてきた。米国の統計ではギラン・バレー症候群患者の10〜30%がカンピロバクター既感染者であり、その数は425〜1,275名と推定されている。

国内でも新潟大学(現在独協大学)の結城は1990年にC. jejuni感染後のギラン・バレー症候群患者2名を報告、ついで、黒木らも1991年にC. jejuniによるギラン・バレー症候群患者7名を明らかにした。年齢的には5歳〜83歳まで認められ、20歳代にも発生があり、特定な年齢層に高い傾向は見られていない。日本国内のC. jejuni先行感染によるギラン・バレー症候群患者の実態数は明確ではないが、これまでの都立衛生研究所での抗体検査からの成績ではギラン・バレー症候群患者52名中31名がC. jejuniに対する抗体が陽性(Cut off 値は0.348〜1.313)である。このうち、下痢が先行した症例29名中22名が抗体陽性であった。

ギラン・バレー症候群患者からの分離菌株はPennerの血清群O19該当株が多いことから、ギラン・バレー症候群はO19菌株感染に関連していると考えられたこともあったが、現在ではO19に限定されない。これまでに諸外国でギラン・バレー症候群患者から検出されたC. jejuniのO群は1、2、4、5、10、16、23、37、44、64である。ただし、わが国ではO19が多いことは事実である。

ギラン・バレー症候群の治療には血清交換が有効であることから、自己免疫疾患と考えられている。C. jejuniの細胞壁のリボ多糖構造と神経細胞表面に存在するガングリオシド構造の分子相同性により、抗体が神経接合部に結合し、運動ニューロンの機能が障害されて筋力低下が起こることが示唆されている。

カンピロバクターの糞便への排菌期間はほとんどが1週間以内であり、2週間後ではほとんどが陰性となる。未治療患者では6週後にでも菌陽性の例がみられるが、これは稀なことである。従って、カンピロバクター感染の数週間後にギラン・バレー症候群が発症することから、ギラン・バレー症候群患者糞便からカンピロバクターを証明することは困難であった。ただし、最近の培養検査技術ではギラン・バレー症候群患者の約30%からは糞便からもカンピロバクターを検出することができるとの報告がある。なお、ELISAによるカンピロバクター抗体検査は都立衛生研究所細菌第一研究科で確立されているので、必要な際には相談して下さい。

 参考文献
結城伸泰:日本細菌学雑誌、50、991-1003、1995
Kuroki, S. et al:Pediatr. Infect. Dis. 10:149-151、1991
高橋正樹ら:感染症学雑誌、68:467-473、1994
Nachamkin, I. et al:Clin. Microbiol. Rev.:11:555-567、1998

前東京都立衛生研究所微生物部 伊藤 武

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