Shigella sonneiによる感染例、1998−東京都

東京都において赤痢の集団発生はめずらしいものとなっているが、1998年10月中旬〜12月にかけて、東京都八王子市の保育施設においてS.sonneiによる集団発生があり、のべ41名の患者が確認された。

事件の発端は、0歳児〜5歳児の約300名の園児が在籍する保育施設において、海外帰国1歳園児と3歳児Aクラス担当保母から10月16日と17日に、S.sonneiが成田空港検疫所と医療機関で検出されたことによる。ただちに八王子保健所は全園児とその家族および職員の健康調査を実施、両患者の接点はないものの、3歳児クラスとその家族に有症者がいることを確認、以後12月下旬まで検便が実施された。その結果、12月12日までに、真性患者35名、疑似患者および保菌者各3名、合計41名が確認された。に保育施設事例での菌陽性者の菌検出日を示した。

保育施設事例における患者41名中26名は園児、うち20名(3A:9名、3B:11名)は3歳児であった。残り6名中、海外帰国園児と2歳児1名を除いた4名は兄弟あるいは姉妹が3歳児クラスに在籍していた。また、家族内感染例は8家族14例で、海外帰国園児の父親を除きすべて3歳児の家族であった。患者の発症期間は、10月9日〜31日と11月16日〜29日の前期および後期の2つに大別された。患者の主症状は激しい下痢、38℃以上の発熱および腹痛で、血便が7名に認められた。治療に用いられた抗生剤は、多くの場合、大人にはレボフロキサシン(LVFX)、小児にはホスホマイシン(FOM)であった。

検便は全園児および職員は8回(3歳児は9回)、家族は2回実施、その他接触者検便を含む総数4,046件であり、そのうち29例からS.sonneiが検出された。保存検食に対する2回の細菌検査および保育施設や患者宅のペットの検便はいずれも陰性であった。

菌検出例29例から性状の異なる2株を含む31株と、成田空港検疫所および医療機関で分離同定された8株、計39株を用いて各種性状を検討した。供試株はすべてS.sonneiの生化学的性状を示したが、海外帰国園児株( 図−A)のみが粘液酸塩陽性であった。11月10日までの分離株はすべてI相菌であったが、11月16日分離株(図−X)はII相菌であり、以後4株(図−4、5、D、Z)認められ、うち1株(図−5)はI相菌とII相菌の両方が検出された。

本事例において特徴的なことは、発症期間前期株と後期株におけるコリシン型の違いであり、さらにテトラサイクリン(TC)に対する感受性とFOMのMBC(最小殺菌濃度)においても同様な差が観察された。すなわち、海外由来株と前期発症期間分離株は1株(2’型菌)を除きすべてコリシン0型であったのに対し、後期株はコリシン2型が主体を占め、14株中11株がそれに相当し、残り3株は0型菌であった。また、2’型菌が検出された母親からは0型菌も同時に分離された。薬剤感受性試験において、海外由来株はABPCとST耐性で、保育施設由来株と異なっていた。保育施設由来株は、2’型菌がABPC耐性以外、前期株と後期株ではTCを除いて他薬剤に対する感受性は差がなかった。TCに対して前期株とコリシン0型の後期株は感受性であったのに対し、後期コリシン2型菌は耐性を示した。さらにFOM-MBCにおいても、前期株は6.25〜100μg/mlと測定値の幅は広かったが、後期株は大部分が50〜 100μg/mlであった。

プラスミドプロファイルおよび牧野らのAP47プライマー(GCGGAAATAG)を用いたRAPD法による分子疫学的解析では、保育施設由来のコリシン0型菌と2型菌の間にはそのパターンに差がなかったが、海外由来株とは明らかにそのパターンは異なっていた。

今回の事例において、各種性状成績から再発あるいは再感染および再排菌と考えられる事例が確認された。図−C、D、E、Fの家族で前期疑似患者とされた園児から後期コリシン2型菌(図−5)が検出、さらに同コリシン型菌が母親(図−D)から検出された例と、11月10日コリシン0型菌が検出された3歳児の母親(図−W)から再び12月9日同型菌が検出され、さらに小学生の姉(図−Z)から同一性状の菌が検出された例がそれに相当した。

上記の保育施設事例は、長期にわたりS.sonneiによる感染がヒトからヒトへと繰り返され、しかもその期間中に主体となったコリシン型は遺伝学的に同一クローンであると考えられる0型から2型に鮮やかにシフトした事例であり、改めて赤痢菌の感染力(伝染力)の強さと細菌性赤痢の感染症としての深さを再認識させられた事例であった。

大規模な保育施設にもかかわらず患者の大多数が3歳児に限定され、他クラスへの拡大が最小限に押さえられたこと、および患者家族を介しての他施設への拡大は認めらなかったことは、防疫体制の適切さを示すものであったが、感染症新法のもとでの発生であったならばどのような防疫体制と検査体制を整えたらよいかを、考えさせられた事例でもあった。

(検査協力機関:都立衛生研究所細菌第一・第二研究科、成田空港検疫所、埼玉県衛生研究所、八王子医療センタ−)

東京都立衛生研究所・多摩支所
尾形和恵 加藤 玲 森本敬子 山田澄夫

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