The Topic of This Month Vol.20 No.2(No.228)


麻疹  1998現在

わが国では、麻疹患者の発生状況は厚生省感染症発生動向調査(感染症サーベイランス)で、国民の麻疹に対する免疫状況は厚生省伝染病流行予測調査で把握されている。本特集では主としてこれらの資料をもとに現在の日本の麻疹について述べる。

1978年の麻疹ワクチン定期接種開始後、麻疹の流行規模は小さくなっている。感染症サーベイランス情報による1987〜1998年の麻疹様疾患患者報告数の週別推移を図1に示した。1991年には比較的大きな流行があったが、それ以後は患者報告数は減少傾向にある(図3の患者報告数参照)。患者発生のピークは4〜5月にある。麻疹の発生を地域別にみると(図2)、1991年は全国的な流行であったが、その後は日本中何れかの地で麻疹の小さな流行が常に発生していることを示している(本月報Vol.19、No.2、1998参照)。

患者の年齢分布を図3に示した。1998年では1歳台が最も多く、次が0歳台である。厚生省人口動態統計の1992〜1997年の麻疹による死亡者(79名:男53、女26)の年齢をみても、1歳台が最も多く、0歳台がこれに次いでいる(表1)。

一般人の麻疹抗体保有状況(1996、1997年)を次ページ図4に示す。厚生省伝染病流行予測調査では1978〜94年までは新鮮ミドリザル血球を用いるHI抗体測定が行われていた(計11回)。しかし、近年ミドリザル血球の入手は困難で、HIに代わる、より高感度で簡便なゼラチン粒子凝集(PA)法キットが開発された(Sato et al. Arch. Virol. 142:1971-1977, 1997)。このPAキットではウイルス粒子表面のH蛋白およびF蛋白に対する抗体も測定できる。1996、97年にはこのキットを用いて同調査が行われた。図4に年齢別PA抗体保有率を示す。0歳では母親からの移行抗体と思われる抗体価の低い例がみられる。1歳では約50%、2歳約80%、5歳以上では90〜100%の抗体保有率である。ワクチン接種歴別に抗体保有率を比較すると(図5a●○印)、ワクチン接種者は各年齢ともほぼ100%であり、非接種者と比べて低年齢での差は顕著である。非接種者は7歳までにほとんどが自然感染によって抗体を獲得している。抗体陽性者の平均抗体価をみるとワクチン接種者と非接種者との差は小さい(図5b)。ワクチン接種者と非接種者ともに10歳以降で1:512倍以上の高い抗体保有者の割合(図5a▲△印)、陽性者の幾何平均抗体価(図5b)ともにやや低く、30歳以上では再び高い。

近年、麻疹ウイルスの分離には高感受性のB95a細胞が普及してきた。地研から感染症情報センターへの麻疹ウイルスの分離報告は以前に比べて格段に増加し、1991〜1998年には309株であった(1982〜1990年は30株、本月報Vol.14、No.9、1993参照)。また、従来鼻咽喉材料からの分離が多かったが、B95a細胞を用いることで血液からの分離が容易となった(本月報Vol.16、No.7、1995参照)。感染症研究所ウイルス製剤部で実施した遺伝子解析の結果、現在日本で流行しているウイルスは、WHOの遺伝子型分類によるD3およびD5タイプが主流であることがわかった(本号4ページ参照)。

現在の麻疹の問題点と今後の対策は以下のとおり。

 1.ワクチン接種率の向上と早期接種の奨励:厚生省予防接種研究班の実態調査では日本の麻疹ワクチン接種率は1996年の全国平均で75%である(本号3ページ参照)。接種率を高めるための方策が現在検討されている(厚生省予防接種問題検討小委員会中間報告:本号6ページ参照)。現行の予防接種法におけるワクチンの標準的な接種年齢は生後12〜24カ月であるが、患者、死者ともに1歳台が最も多いので、生後12カ月に達したら可能な限り早期にワクチン接種を受けさせる必要がある。

 2.国民の免疫状況の監視:1998年米国・アラスカで日本から訪れた小児を発端に、ワクチン接種歴1回の高校生の間で麻疹の流行が起こり、緊急の2回目のワクチン接種が行われた(本号12ページ外国情報参照)。米国以外の国でも個人の感染防御免疫を強固にし、野外ウイルスを完全に無くすために麻疹生ワクチンの追加接種を実施する国が増加している(本号12ページ外国情報参照)。

今後わが国でもワクチン接種率が高まり、自然麻疹が減少すると、野外ウイルスによる免疫のブースター効果(Whittle et al., Lancet 353: 98-102, 1999)がなくなり、年長者における抗体価の低下が考えられる。特に妊婦の抗体価が低くなると児への移行抗体も少なくなる。万が一0歳児が野外ウイルスに暴露された場合には感染しやすくなり、かつ0歳児の麻疹は重篤になりやすい。今後も伝染病流行予測調査による一般国民の抗体価の測定を継続し、追加接種の必要性および適切な接種年齢について検討していく。

 3.成人の麻疹罹患のサーベイランス:現在、実態が明らかでない成人の罹患を把握するため、1999年4月に施行される感染症新法下の患者サーベイランスでは、約3,000の小児科定点からの麻疹患者数の報告に加えて、約500の基幹病院定点からの成人の麻疹入院患者数の報告が開始される。

 4.世界の流行株の監視:WHOはワクチン普及によりポリオ根絶の次に麻疹根絶を目指している。長期的かつ効果的なワクチン戦略のためには、世界各地の流行株の分離とその抗原・遺伝子の解析を行う国際協力が必要である(本号4ページ参照)。

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