単包性エキノコックス症と多包性エキノコックス症との鑑別のための血清診断

国内で通常問題になるエキノコックス症(Echinococcosis)は、北海道を主な流行地とする多包虫症(Alveolar echinococcosis)であるが、外国人労働者の増加に伴い最近輸入症例が増加してきている単包虫症(Cystic echinococcosis)についても適切な対応が求められている。単包虫症についての診断法、検査法(民間検査機関による単包虫症についての血清学的検査成績は現時点では残念ながら全く当てにならない)、治療法についての情報が少ないことから、術前に確定診断がつかず、術後の突然死を招来している例もあるようである。

多包虫症と単包虫症とでは病態が大きく異なり、治療法も異なることから(WHO, 1996, Guidelines for treatment of cystic and alveolar echinococcosis in humans. Bull. WHO 74, 231-242)、早期診断法として血清診断と画像診断とが重要である。現在、米国疾病対策センター(CDC)のPeter M. Schantz博士を総括者、筆者の1人、伊藤を血清診断法の顧問とする、両症についての画像と血清とによる鑑別診断の相対評価研究を含む疫学プロジェクトが中国・四川省、青海省のチベット民族を対象として進められている。このプロジェクトから(1)多包虫症、単包虫症についての十分な画像診断経験を有する専門家が参加する形での画像診断では単包虫症は勿論、多包虫症についてもかなりの精度で、これらの疾患を疑診できる場合、あるいは確定できる場合があるが、(2)Em18抗原に対する抗体応答が認められる症例をすべて多包虫症と断定する、筆者らの血清診断成績の方が単包虫症と多包虫症との鑑別にはより有効であるとする結果が得られている。これらの成績に基づき、ここでは、国内で遭遇する可能性が高い多包虫症と単包虫症とについての血清診断法の現状を概説する。

多包虫症が北海道で流行しているという歴史的背景に基づき、北海道立衛生研究所が、多包虫症についての血清診断法の確立に精力的に取り組み、ELISA法による1次スクリーニング、ウェスタンブロット法による確定という手順の行政的検査法を既に確立し、道内での健康診断に導入し、毎年、新しい患者認定に大きく貢献してきている。

旭川医科大学寄生虫学講座(旭川医大)では、単包虫症と多包虫症とが北半球では同一地域で流行しているというグローバルな基本認識に基づき、両症の鑑別に有用な血清診断法の研究を国際共同研究として推進してきている。この共同研究から得られた成果は (1)Em18と呼んだ分子量約18kDの多包虫原頭節抗原に対する抗体応答(Ito et al., 1993, Trans. Roy. Soc. Trop. Med. Hyg. 87, 170-172)は多包虫症に特有であると期待できること、 (2)Antigen Bと呼ばれている3量体に対する抗体応答は単包虫症、多包虫症、両症に認められることである(Ito et al., 1999, Am. J.Trop. Med. Hyg. 60 (2), in press)。現在、単包虫症と多包虫症との鑑別血清検査についてはEm18とAntigen Bをそれぞれ主成分とする部分精製抗原を用いたイムノブロット法によって相談に応じている。この方法により、一昨年から相談を受けた単包虫症疑診3症例については血清学的に特異抗体応答を確認している(Ito et al., 1998, Am. J. Trop. Med. Hyg. 58, 790-792; Kimura et al., 1999, Journal of Travel Medicine, in press)。

今後は精製Antigen B、精製Em18を用いるELISA法等をそれぞれ単包虫、多包虫の鑑別無しでのエキノコックス症血清診断法、多包虫症鑑別診断法として確立したいと計画している。

旭川医科大学医学部寄生虫学講座 伊藤 亮 中尾 稔

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